第3話 くそったれの夏

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第3話 くそったれの夏

 神待ち掲示板で知り合ったサマーボーイとは、その後もちょいちょいメールで連絡を取り合っていた。  向こうからメールが来ることもなく、名前を聞いてきたり、会いたいと言ってくることもない。安心して話せるようになってきた。  もちろん、そうやって警戒を解いてからという手口もあるわけで、油断は禁物だ。とはいえ、サマボとくだらない話ばかりしていると、昔からの友達のような気になってくる。  そのあたり、やっぱり油断していたのだろう。あたしは、つい、サマボのことを雲井美奈に話してしまった。いろいろ誤解されたりするから他の人には内緒だよと伝えたけれど、ある日のこと、朝から皆が自分のことを笑っているように思え、そのうちに山本沙希の取り巻きの一人が、ニヤニヤしながら、 「ねえ、サマボってどんな人?」 と聞いてきた。  明らかに蔑むような物言いにカチンと来たけど、質問に答える前に、あたしから、 「サマボのこと、誰から聞いた?」 と問い詰めてやった。  あたしの表情が真剣で脅すような感じだったからなのか、その子は、あっさりと白状した。  雲井美奈が言っていたと。  美奈が言うわけがない。そう思って、でも、確かめずにはいられなかった。放課後、美奈を呼び止めて、二人になってから尋ねてみた。 「美奈、サマボのこと、誰かに話した?」 「り、涼子ちゃん、あのね」 「話したの?」 「それは」 「話したのね」 「あ、うん。でも……」 「言い訳なんていらない」  あたしは、美奈の言葉も待たずに教室を飛び出して、制服のまま走り出していた。いまなら新記録が出せるかもしれない。そんな馬鹿なことを、冷静な部分で考えながら。  走って、走って、走って。  足首に、ずきんと痛みがあった。前にも味わったことのある痛みだった。汗だくの体が、一気に冷えるような気がした。あたしは、首元の汗をぬぐって空を見上げた。さいわいは、いつでも雲の向こうにある。手の届かない遠くに。  足首の痛みは次の日には消えていたけれど、下世話な噂は消えていなかった。黒板いっぱいに書かれた「神待ち涼子」という文字を無言で消す。  そんな状況で受けた期末テストも、陸上の大会予選も、良い結果が出るわけがない。成績は落ち、予選にも落ちた。  あたしは携帯電話の電源を切り、美奈や哲也を避けて過ごした。誰とも話したくなかった。もちろん、サマボとも。  後輩にまでは噂も広がっていなかったけれど、部活に出ても集中できず、闇雲に走り込むだけのあたしに居場所はなかった。  まじめにやる気がないなら帰ってください。  日菜にそう言われて、もっともだと思ったあたしは、ごめんねと謝って部活にも行かなくなった。  夏休み前の最後の保護者面談でも、「成績が落ちてますし、部活は無理しなくても良いのでは?」などと言われてしまった。もともと喧嘩ばかりの両親は、その晩、あたしのことでまた喧嘩だ。  夏休みになれば一人になれる。それだけがあたしの希望だった。  終業式の日。  その日は、天気が崩れてきて、下校時間には大雨になっていた。ここのところ、ずっとぼうっとしていたあたしは、当然のように傘を忘れ、雨が小降りになるのを待っていた。  すると、ちょうど哲也が傘をさして出て行こうとしていたので、声をかけるかどうか迷っていたら、その傘に山本沙希も一緒に入り、二人で連れ立って出て行ってしまった。  二人の視界に入らないように、別の道を走って帰った。髪も服も、下着までずぶ濡れだ。家に帰って、姉に言われるまでもなく、あたしは愚か者だった。  夜には、ずきずきと右足が痛み、悪寒を感じながら眠った。夏休みの初日、また次の日、さらに次の日になっても、足の痛みは取れない。  病院に行くまでもなく、予想はついていた。以前に痛めた足首を、またやってしまったらしい。かかりつけの病院で見てもらったら、年配のお爺ちゃんのような先生は、軽い感じで死刑宣告をした。  また痛めたね。無理したんでしょ? いま走ったら、もう治らないよ。もっとも、治っても、元のように走れるようにはならないね。  でも、普通に歩く分には大丈夫。歩けなくならなくて良かったね。世の中には歩くことができない人もたくさんいるんだ。まず、歩けることに感謝しなさい。  ヤブ医者が! 自分の力不足を棚に上げて。なにそれ?  家に帰ったあたしは、自分の部屋の壁を蹴飛ばした。姉ちゃんが金切り声をあげてくるけど知ったこっちゃない。  携帯電話の電源を入れようとして躊躇(ためら)い、代わりにパソコンの電源を入れた。サマーボーイに連絡をしよう。  本当に家出してやるんだ!  そう思って、サマボに、会いたいとメールを送ってみた。久しぶりのせいか、返事が遅い。いや、いつもと変わらないか。ただ、あたしが何も待てなくなっているのだろう。
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