第4話 サマボ

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第4話 サマボ

 駅を行き交う人々と列車。  駅のホームで、じりじりと焦がされながら、あたしはサマボを待っている。会いたいというメールに、いいよと軽い返事があって。  でも、サマボはどこまでもいい奴で、夏一文字のTシャツを着ていくから、会ってもいいと思ったら声をかけてと伝えてきた。  数日分の着替えをもって家を出る時、妙に寂しい気持ちだった。もう戻ってこないなんてものじゃなく、少し時間が欲しいだけなのに。  どこかへ行こうとしている周りの人たちと、どこへも行こうとしていない自分とを比べて、ひどく惨めな気持ちになった。  あたしの悩みや思いなんて、誰からみてもくだらないことだ。あたしの人生自体がくだらない。あたしが居なくなっても世界は回る。黄色い線の向こう側が自分に迫ってくるようだった。半歩、また半歩。通り過ぎる列車の風を感じる。駅員さんが、少しこちらを気にしている。もう一歩、いや数歩で、あたしは……  わっ!  声とともに背中を押された。あたしは、びくっとして振り返る。そこには、二十歳過ぎの女の人がいて、にこにこ笑っていた。 「あ、危ないじゃないですか!」 「またまたぁ、自殺でもしようかって思ってたんじゃないの?」  なんでわかるの? ってか、誰?  と思うと同時に、それがサマボだとわかった。長いさらさらの黒髪と、モデルのようにすらりとした手足、さわやかな笑顔。夏一文字の黄色いTシャツがすべてを台無しにしていたけれど、ナチュラルメイクの綺麗な人。 「ども、サマボこと川辺夏樹でーす」  突然のことに、その人を眺めるしかない。驚いたせいか、サマボの両足を通して、背後をいく人々が透けて見えたように感じた。 「もしもし、こちらサマボちゃんですよ。声かけちゃったけど、あなたがウォーター?」 「あ、うん。あたし、水島涼子です。あの、サマボさん、えと川辺さん?」 「いやん、夏樹って呼んで」 「あ、あの夏樹さん。女の人?」 「うん、そだよ。男に見える?」 「い、いえ、その、男の人だと思ってたから」 「まったくもう、見ず知らずのオッさんに会うつもりで来てたわけ? ダメだよ〜。世の中、涼ちゃんが思うほど平和じゃないからね」 「えと、初めてが女の人というのは、なんか怖いような安心するような……」 「あは、なに言ってるの? ないない、そんなのないって」 「じゃあ、補導とか?」 「んにゃ、違うよ。私、ただの一般人だし」 「じゃ、なんで?」 「うーん」  サマボこと夏樹さんは、大げさに首をひねってみせる。「まあ、個人的な趣味かな」 「趣味?」 「そう。迷える子羊ちゃんを、オッさんどもの魔の手から守るのよん。脂ぎった中年オヤジに、うら若き女子が食い物にされるなんて許せないじゃない」  にこにこと笑う夏樹さんの顔を見ていると、無性に腹が立ってきた。なにさ、趣味だなんて。どうせ、こんな子供の悩みなんて大したことないって思ってるんでしょ。 「じゃあ!」  あたしは、涙目になって声を荒げていた。「じゃあ、助けてよ。神様なんでしょ? あたし、旅に出たい。どこでもいい、ここじゃないどこかへ」 「行く? 私、いつも夏に屋久島へ行ってるんだ。いいところだよ」 「屋久島って、もののけ姫の舞台にもなったところ? いいなぁ」 「よし! いまから行こう」 「え? そんなの無理だよ」 「んっふっふっ、無理には二種類あるって知ってる? できないことと、しないことだよ。  例えば、あたしだって、いまから急に仕事を休んだら首にされるかもしれない。だから行かない。それを、行けない、無理だって言うのよ。まともな大人はね。でも、いいの。ほんとうに大事なことが何か、妹のおかげでわかるようになったの」 「妹?」 「うん。私には二つ離れた妹がいたんだ。夏美っていうんだけど、夏美は、神待ちして自分を傷つけて傷つけて傷つけて、あげくに死んじゃったんだ」
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