第5話 好きにしろよ

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第5話 好きにしろよ

 私がやってることは、ただの代償行為、偽善、独善、独りよがりの無意味なものかもしれないね。こんなことしたって意味ないって思うけど、でも、そうしたくて堪らないんだ。  私たちは、食べてかなきゃいけないわ。食べるために生きるのか生きるために食べるのか。わかる? 私にもわかんない。でも、ただ食べるだけで、生きてるって言える? 私たちはさ、食べるだけじゃない生きるを探してるんだよ。いつか死ぬその時まで、ずっと。  まくしたてるように言うと、一息ついて、夏樹さんがもう一度、あたしを屋久島へ誘った。 「行こうよ、涼ちゃん。行こうと思ったら、いまからだって行ける」 「え? 本気ですか?」 「本気、本気。行こうよ」 「え〜?」 「なにさ、神待ち少女が、いまさらなにビビってんの。あ、そうだ。親御さんにだけは連絡しときなよ。屋久島へ行ってくるってさ」 「無理だってば。オッケーが出るわけないじゃないですか」 「まあまあ、とにかくやってみなよ。親御さんに電話するのは、できないこと? それとも、しないこと?」  夏樹さんの透明感のある声と眼差しに、思わず、言われた通り電話してしまった。結果は予想通り。夏樹さんから、 「どうだった?」 と聞かれて、あたしは不満顔で応じる。 「怒られましたよ。すぐ帰って来いって」 「あは、そうだろうね。怒られて、どう思った?」 「うざい!」 「それだけ?」 「ん、ちょっとだけ嬉しかった」 「うんうん、いいね。じゃ、もう一度だけ電話してくれる? 私が話してあげる」 「そんな、無理ですよ」 「無理じゃない、しないだけ。ほとんどのことはね」  にこりと笑って、その後の電話で、なにをどう伝えたのか、不承不承ながら了解を得てくれた。どんな話をしたら、あの母さんを説得できるのか。謎だ。 「オッケー出たね。じゃあ、行きましょう」 「ええ〜!」  マジか! と思いながらも、あたしは、すでに行くつもりになっていた。世の中は、あたしが思う以上に驚きに満ちているのかもしれない。  夏樹さんが列車を調べて切符を買っている間、手持ち無沙汰で、溜まっていたメッセージを眺めていた。哲也と美奈からのメッセージが、いくつも届いていた。哲也に、サマボと旅に出ると送ったら、すぐに電話がかかってきた。 「おまえ、ずっと電源を切ってやがったな。そんで、旅ってどういうことだ?」 「えとね、サマボは女の人だったの。んで、いまから一緒に屋久島へ行くことになった。面白くない?」 「面白くねぇよ。おまえ、だまされてんだよ。そこでちょっと待ってろ」 「なんでよ? 電車来たら行くし」 「何時の電車だ?」 「12時10分の急行かな。たぶん」 「わかった」  ブチッと通話を切られた。  急行がホームに着く前に、汗だくの哲也がホームに着いた。炎天下を自転車で駆けつけてきたらしい。 「この暑いのに、バカじゃないの?」 「うるせぇ。どこだよ、サマーボーイ?」 「どこって、そこに」  あれ? ホームのベンチに座っていたはずのサマボこと川辺夏樹さんの姿がない。 「いねえじゃん」  と怪訝な様子の哲也が振り返った。しかし、もう一度ベンチに目をやると、いつのまにかそこには夏樹さんが座っていた。 「どうかしたかな、少年?」 「あ、あんた、あれ? さっきは……」 「んー? さっきからここにいるよ」  哲也は、疑問を振り棄てるように首を振って夏樹さんに突っかかっていった。 「あんたか、サマボとかいう変な女は?」 「あは、変な女なんて。失礼しちゃうわ」  笑顔の夏樹さんを無視して、哲也が手をつかんできた。 「帰るぞ、涼子」 「離して! あたしは行くよ」 「おまえ、だまされてんだよ」  ベー! と舌を出して手を振りほどくと、あたしは、ちょうど入ってきた急行に乗り込んだ。同じく乗り込んだ夏樹さんが哲也に向かって、 「ふーん、王女様を守る騎士くんか。そっかそっか、じゃあ一緒に行こうか?」 「え? なんでそうなんの?」 「青春18切符は、みんなで使えるんだよ〜」 「そういう問題じゃねぇ」 「いいからいいから、来るなら乗りなよ」 「え? どうしよう」  哲也が(すが)るようにこちらを見てきたので、横柄に腕を組んで、ここぞとばかりに言ってやった。 「へっ、好きにしろよ」 「てめぇ!」 「ほらほら、もう出発だよ。どうする〜?」  にやにや眺めていると、哲也は、あー、もう! と喚いて急行に飛び乗った。アナウンスとともにガタゴトと走り始める。哲也は、過ぎ去っていく駅を、未練がましく見つめていた。 「やべぇ、ちゃんと鍵かけたっけ? 俺の自転車、盗られねぇかな」 「はっ、けつの穴の小さい野郎だな」 「け、けつの穴? 下品な言葉を使うなよ」 「うるさいな。これだから童貞は」 「な、お、おまえだって、どうせ……だろうが」 「はぁ? なーに? 聞こえないんだけど?」 「うっせぇ!」
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