まじってる。

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「あそこが混むのってさ、あたしらみたいな学生もいるけど……一番はオフィスビル多いからってことだと思うわけね。つまり、リーマンとか仕事帰りの人たちが多いってわけ。で、あたしは人生でいっぺんも仕事したことないからよく知らないけど、今時はやれブラック企業だのなんだのって話題になるじゃん?ノルマきつすぎて不正営業を押し付けられる現場がーみたいな暗い話も多いじゃん?つまり仕事帰りの社会人ってめっちゃ疲れてる人が多いと思うわけよ。特に月曜日の夜とか、超ブルーな人たちが集まってるっていうか」  言いたいことは分かるが、相変わらず彼女の知識は偏っている。私は苦笑するしかない。確かに私にも共働きの両親がいる。営業マンの父も、コンビニでバイトをしている母も仕事が大変だとよく愚痴はこぼしているが。いくらブラック企業が話題に上るからといって、全ての会社がそうだというわけではないだろう。  少なくとも両親は、定時より異様に遅い時間まで仕事をさせられた、だの。コンビニの残った商品を自腹で買わされた、だのという事実はないはずである。少なくとも私が知っている限りでは、だが。 「その超ブルーな人たちのくらーい気持ちがさ、あのスクランブル交差点には溜まりやすいんだって。そのピークが、月曜日の夜。だから、人ごみの中にたまに、そういうのに惹かれて……混じっちゃうんだってさ!」 「混じっちゃうって、だから何が?」 「わかんない!でも何か、やばいのなんだってさ!ツイで流れてきた!海美も気をつけなってー!」  またネットのよくわからない情報かい、と曖昧な顔で笑うしかない私である。香織はオカルトな話も好きだ。信憑性があるかどうかもわからないネタをよく仕入れてきては、私に向かって楽しげに披露してくれるのである。まあ、彼女がご機嫌であるのは私も嬉しい。適当に相槌を打つしかできないが、それで彼女が満足なら特に言うことは何もないのである。  ただ。 ――今回のネタは……ちょっとスポットが身近すぎるなあ。  今までは、場所が限定されていなかったり、遠方のやれ廃病院やホテルの話が大半だった。でも今回は違う。駅前のスクランブル交差点は、帰るためには必ず通らなければならない場所である。しかも、私が所属するバレーボール部は練習がハードで、帰る時間が遅くなることも少なくないのだ。  幸いなのは、人ごみになるだけあって人通りそのものは多く、店も多いので夜でも問題なく明るいということなのだが。 「そのよくわかんない“混ざったもの”を人ごみで見かけちゃうと、どうなるわけ?」  少しだけ苦い気持ちになりながら香織に問い返す。思った通り彼女はあっけらかんと“わかんない!”と繰り返した。 「でも多分、死ぬとかそういうのなんじゃね?怖くね?」 「なんでそんな尻切れトンボなの……」 「だってやばいの混じってるから気をつけて!としか書いてなかったんだもんー!どうなるかなんて知らないしー」 「うっわいい加減……」  まあ、香織だし。追求してもしょうがないか、とその時はあっさり諦めた。  彼女の楽天的で楽観的、大雑把な性格は今に始まったことではないのだから、と。
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