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第2章 蒼月の瞳
春だと言うのに、森の中は陽が届かないせいか真冬のように寒かった。ジャケットにスカートという防寒対策がされていない詩季は寒さに強かったものの、恐怖で全身に鳥肌を立たせながら獣道を歩いた。
この森には虫がいない。魔獣の餌は主に自分より弱い魔獣の臓物や血肉だが、中には虫や草木を餌にする魔獣もいる。この辺りには草食の魔獣が縄張りにしているのか、虫一匹見当たらないのだ。虫と言ってもてんとう虫やアリのような小粒の類いとは違う。この世界の虫は拳くらいの大きさが基本だ。それ程の大きさの生き物が蠢くと暗がりでも何となく地面を這う音でも聞こえて来そうだが。
いや、もしかしたら見えていないだけなのかも知れない。実際に背後では無数の虫が後をつけているのかも知れない。虫だけではない。魔獣が暗闇に溶け込んで様子を伺っているのかも知れない。肉食の魔獣が彷徨く森の中に丸腰で挑めば餌も同然だ。それでも森の奥へと突き進んでいく自分が不思議に思えた。
森が誘っているのだろう。この森には良い噂を聞かない。数年前に魔獣の捕獲に出た魔獣ハンターチームは半数が行方不明になって帰還した。ある者は顔の無い人を見たと言い、ある者は死んだ妹と話したと言う。この森は幻聴や幻覚を招く森とも言われ、多大なる魔力を持ってしても自ら足を踏み入れる魔法使いは皆無に等しい。
既に森の中に入った詩季は、自分が森の手の上で踊らされている錯覚に陥った。それでも引き返すことをやめないのは、クリスティーヌ達を見返すために生還してやろうという意地が邪魔をしているからだ。詩季は立ち止まって杖を振り、小さな光を灯した。自分の周りはこれでよく見えるようになった。
暫く歩いていると、木々が生えていない拓けた場所に出た。
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