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「いつまでも近所の兄ちゃんと一緒って年じゃねぇだろ」
「なんだよ。俺が天使の憂ちゃんじゃなくなったから興味ねぇって? やっぱ真尋ロリコ……」
「だから、とんでもないこと言うなって言ってるだろうが!」
殴るわけにも大声で怒鳴るわけにもいかず、真尋は小声で叫んだ。もはや哀願に近い。
ああ、もうなんで、よりにもよって俺が配属される高校に入学したんだよ、おまえ。なんて言えるわけもない。
なんで同じ春から新任に新入生だよ、勘弁してくれ。
盛大に溜息を吐いた真尋に、「冗談に決まってんじゃん」と憂があっけらかんと笑う。ついでに「カリカリしてんなぁ」とも言われてしまったが、こちとら一日中気を張って疲れているのだ。
「一緒に帰る?」
「なわけねぇだろうが。俺はまだまだ仕事残ってんだよ」
「えー? じゃあ待っててあげようか?」
「……いらね」
彼氏の部活が終わるのを健気に待っている彼女のつもりか。思い浮かんだたとえに、真尋は無言で頭を振った。疲れているということにしておきたい。
「気をつけて帰れよ」
顔も見ないままそう言って踵を返した瞬間、呼び止められた。
「真尋」
「だから、その呼び方やめろっつったろ」
「無理すんなよ」
振り返った先にあった真面目な顔に、真尋は瞳を瞬かせた。
――やっぱり、寂しいかもしれねぇな。
こいつに彼女ができて、今みたいに「真尋」「真尋」って纏わりつかれなくなったら。それがあたりまえの成長なのだとわかってはいるが。
感傷に蓋をして誰にもの言ってんだと笑ってやれば、安心したように憂も笑った。
そうやって邪気のない顔になると、記憶のなかの天使がよみがえる。なんとはなしに不安になって、真尋は念を押した。
「おい。俺は送ってやれねぇけど、気をつけて帰れよ、おまえ」
「真尋は俺を何才だと思ってんだよ」
世の中にはな、幼児や女子高生だけじゃなく男子高校生でもいいっていう変態は存在するんだよ。とはさすがに言いづらかったので、「暗くなる前に帰れって言ってんだよ」と言って誤魔化した。
「真尋もな」
「おまえこそ俺を何才だと思ってんだ」
減らず口に思わず笑ってしまった。「それこそそういうことじゃねぇよ」とぶつぶつとこぼす小さい頭に伸びそうになった手を握りこんで、じゃあなと下校を促す。
生徒玄関のほうに向かう背を見送って、でかくなったなぁと真尋は感慨にふけった。
未成年特有の華奢さは残っているが、背丈だけは十分に大人のものになっている。
やっぱり、四年はでかい。この街から離れていた時間を数えて、苦笑する。中身はまだまだ子どもだと思っていたいけれど。
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