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「寝たふりしてただけで、ぜんぶ気づいてただろ」 「憂、ちょっと落ち着け」 「ガキ扱いすんなよ、落ち着いてる! 前からずっと聞きたかったんだよ、俺は!」  どう考えても落ち着いてねぇだろと言うのを堪えて、憂に視線を向ける。誤魔化すことは許さないといわんばかりの真面目な顔に、だから嫌なんだと吐き捨てたくなった。  本気でぶつかれば、相手も必ず本気で向き合ってくれると信じている。 「だって、あの日から入れてくれなくなったじゃん。大学受験だなんだって言ってたけど、でも」 「あのね。おまえもそのうちわかると思うけど、大変なんだよ。受験は。しかたないだろ。いつまでも近所のガキの面倒は見てられません」 「なんだよ」  ぎゅっと眉間に力を込める。その顔が泣きそうに見えて、真尋はそっと視線を外した。どうやったって、その顔に自分は勝つことができない。けれど。  ――負けるわけにもいかねぇからなぁ。  たとえ今、憂が傷ついたとしても、将来的にはそのほうが絶対にいいのだ。だとしたら突き放すことは、必要なことだ。ほら、なんだ。獅子は我が子を千尋の谷に落とすとか言うじゃねぇか。それだよ。まぁ実の子どもでもなけりゃ弟でもねぇけど。 「そうやって、いつも真尋は大人ぶって、俺のことガキだって馬鹿にして、本気にしてくれねぇじゃん。俺は本気なのに」  口元に触れた、小さくて柔らかい唇の感触。俺がどれだけ罪悪感を抱いたか、想像もできねぇだろ、おまえには。つまり、そういうことで、それだけのことだ。  わかっていたから、真尋はうんざりとした顔をつくった。 「あのな」  呆れたように響くだろう声を選んで、問いかける。 「あたりまえの話、していいか?」  こくりと真剣な顔で憂が頷く。子どもなのだと真尋は何度目になるのかわからないことを言い聞かせた。発展途上の、幼い子ども。  だから、意味のわからないことを考える。大人の真尋にはとうてい頷けないことを平気で口にする。
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