2/5

424人が本棚に入れています
本棚に追加
/86ページ
 ――ま、五才のときから見てるしなぁ。  兄心、親心。どうとでも表現できるが、面倒で自己本位な感情であることは間違いがない。悶々とそんなことを考えていると憂の声が響いた。かわいい女の子から告白を受けているとは思えない、ぶっきらぼうな声。 「悪ぃけど、俺、あんたのことぜんぜん知らねぇし」  なんだ、違うクラスの子なのか。ふんふんと真尋は頷いた。まぁあいつ目立つだろうしな。クラスが違っても惚れることはあるだろう。実際それに近いことを少女は言い募っている。 「でも喋ったこともねぇよな。それなのに、俺のなにを好きになったって?」 「その、たしかに、喋ったことはないけど。春野くんが友達と喋ってるときの明るい顔とか、優しいところか。そういうところが好きだなって」  けんもほろろもない態度なのに女生徒は健気に食らいついている。いい根性してんなぁと真尋は株を上げた。憂のなかで株が上がったかどうかは定かではないけれど。  ちょっと面倒くさいところがあって甘えたな幼馴染みには、このくらい根性のある女の子が似合うのかもしれない。兄として少し寂しいとは思うが、特別な相手ができるのはいいことだ。 「あの、それに、これからもっと春野くんのこと知っていきたいとも思うし、だから私と……」 「なにそれ。ふつうに気持ち悪いんだけど。それ、俺が好きなんじゃなくて、あんたの幻想のなかの春野くんが好きなだけだろ。俺じゃねぇよ」  比喩ではなく、場の空気が凍った。おい、ちょっと待て、憂。それはあんまりにもあんまりだろう。  案の定、女子生徒は押し黙っている。泣くか。泣くのか。はらはらしすぎて心臓が痛い。  いや、気持ちはわかる。勇気を振り絞って告白したんだ。受け入れてもらえないだけでも悲しいのに、よりにもよって「気持ち悪い」はないよな。「気持ち悪い」は。  真尋は心の底から少女に同情した。そしてなぜか申し訳ないような気持ちにもなった。  というか、泣いたら俺は出て行ったほうがいいんだろうか。いや、小学生の喧嘩じゃあるまいし教師になにができるって言うんだ。女の子を泣かしちゃいけませんってか。気まずさが増すだけに決まっている。  他人事のはずなのに胃までキリキリとしてきて、そっと手で押さえる。  ――これも一種の兄心ってやつなのか?  不詳の弟がすみませんみたいな、そんな感じの。ちょっとよくわからないが。固唾を呑んで見守っていると、女子生徒がこちらに向かって駆け出した。  やべぇとは思ったが、隠れられるような場所はない。今やってきたばかりですよとの体裁くらい整えてやりたかったが、まぁ無理だった。 「なに立ち聞きしてんのよ、この眼鏡!」  泣きそうな顔でひと睨みして、少女はバタバタと走り去っていく。完全なる八つ当たりじゃねぇか。思ったが、真尋はすべてを水に流した。
/86ページ

最初のコメントを投稿しよう!

424人が本棚に入れています
本棚に追加