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「その幼馴染みって、あれだろ。おまえが昔よく言ってた、ほら、あれ。えーと、なんだっけ。あ、思い出した。おまえの天使ちゃん」 「やめろ、その言い方」  言ったのは過去の自分かもしれないが。そもそもとして自分が何度も「俺の天使」だなんて口にしていたとは思いたくない。  うんざりと首を振れば、「おまえが言ってたんだろ?」と井田が笑う。そうか、やっぱり俺が言っていたのか。知りたくなかった過去から逃げるようにして、真尋は煙草に火をつけた。井田も喫煙者だし、場所も喫煙可の個室居酒屋だ。なんの問題もない。 「おまえよくそれで日中吸うの我慢できてるね。え、っていうか我慢してるよな。まさか現役のヤンキーみたいに体育館裏とかでこっそりやってねぇよな」 「やってねぇよ。俺をなんだと思ってるんだ」 「苛々するとすぐに煙草に逃げるヘビースモーカー」  大学時代の悪友にあっさりと指摘されて、黙って煙を吐く。その真尋を眺めていた井田が、しみじみと呟いた。 「しかし、あいかわらず振り回されてんだね。その天使ちゃんに」 「俺、おまえにそんなにその話してる?」 「あー、してる、してる。自覚ないかもしんないけど、ふたりで飲んでると後半だいたいその話」 「……マジか」 「マジはマジだよ。べつにおもしろいからいいけど」  完全にひとごとのていで笑ってから、「まぁ」と井田が同情気味に眉を下げた。
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