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 憂鬱を愛想で上塗りして、教科書片手に準備室を出る。担当の教室に向かう道中で、遠目にふたり連れを捉えてしまった。鬱屈したものを呑みこんで、まっすぐ廊下を進む。向こうはこちらに気がついているのかいないのか、視線を向けようともしない。  あれ、という声が届いたのは、すれ違って数歩進んでからだった。まだ夜が涼しかったころにコンビニで一度聞いた声。 「今のって、おまえの大好きな地味眼鏡じゃねぇの?」 「うぜぇ」 「うぜぇって、教えてやっただけだろ。いっつもこっちが引くくらい尻尾ふってるくせに」  聞こえた溜息に、真尋は歩く足を速めた。 「べつに。いいんだよ、もう」  すげなく少女を振ったときと同じ醒めた声に、息が詰まりそうになった。我に返ったのは、安心したような田上の相槌で、だった。 「なんだ。それで最近ずっと昼もいるのな、おまえ」 「悪いかよ」 「まさか。むしろうれしいし。これからもそうしろよ」  そうするという声を最後に、会話が聞こえなくなった。  そうだ。これがふつうだ。真尋は言い聞かせた。我儘な喪失感を隅に追いやって、次の授業に思考を馳せる。そうやって日々を淡々とこなしていれば、なにも感じなくなる。それが時間薬というものだ。  ――はじめて聞いたな、あんな声。  正確には、はじめて「向けられた」ではあるけれど。憂の声には、いつもストレート過ぎるほどの好意が乗っていた。ともすれば、おそろしいくらいに。  まぁ、だから、そりゃ寂しくも思うわな。そう、自分を納得させる。百パーセントの好意を示してくれる存在がいることは奇跡だ。その奇跡がなくなろうとしている事実は苦しい。それだけのこと。  だから、これは恋じゃない。恋なんて、きれいなものじゃない。
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