人を隠すなら人混みのなか

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人を隠すなら人混みのなか

 木を隠すなら森のなか。では、人を隠すならば? 答えは当然、人混みのなかだ。さあ、隠れんぼのスタートだ。  なるべく目立たないように行動しなくてはいけない。どんな行動をすれば人混みに紛れることができるだろう。 「そこの君、こんな時間に一人でどうしたの?」  目立ちたくないのに、いきなり知らないお兄さんから声をかけられてしまった。手っ取り早く追い払うには、どうすれば良いだろう。 「今、友だちと隠れんぼをしていて」 「平日の昼間に?」  一人でないことを伝えれば解放して貰えるだろうか。そう思ったのだけど、逆に怪しまれてしまったみたいだ。 「今日は学校の創立記念日で、お休みだったから、みんなで遊んでいるんだ」 「へえ、周りの人の迷惑にならないように気をつけるんだよ」  そう言い残して、優しげな顔をしたお兄さんは、僕のもとを離れた。  危ないところだった。あともう少し話を続けていたら、見つかってしまったかもしれない。  学んだことは、一人でいると心配されて、声をかけられてしまうということだ。平日の昼間なのだから、そういう事もあるか。  もっと人混みに紛れ込まなくちゃ駄目だ。例えるなら、車のフロントウィンドウにぶら下がる人形のキーホルダーみたいに、視界に入っても気にならない程度に。  僕は、「親子カモフラージュ作戦」を作案し、すぐさま実行に移した。作戦内容は、読んで字の如く、道行く大人と親子連れを装い、人混みに紛れようというものだ。  これで僕は一人に見られることはなくなるし、平日に子供だけで居るよりは不自然じゃなくなる。うん、我ながらいい作戦だ。弱点があるとすれば……。  悪い予感は的中するものである。僕が「親子カモフラージュ作戦」のターゲットに選んだおじさんが突然振り返り、キョトンとした顔で僕を見た。 「お父さんかお母さんはどうしたの?」  おじさんは、僕を迷子だと勘違いしたみたいだ。この作戦の弱点は、周囲の人には一人に見えなくても、僕が親役に選んだ人に不審がられてしまう危険性があることだ。 「父は山へ芝刈りに、母は川へ洗濯に……」 「この現代社会において?」  この理由ではやはり納得してもらえず、結局「友だちと隠れんぼ中」と説明しなくてはならなかった。 「隠れんぼ中ってことは、君は探す側かい?」  説明したら解放してもらえるものだと思っていたのだけど、見通しが甘かったみたいだ。運も僕の味方をしてくれないようで、割とグイグイ来るタイプのおじさんをターゲットにしてしまったみたいだ。 「隠れる側だけど」 「隠れてないのに?」 「え? 僕、隠れてないの?」 「いや、全然隠れてないよね」 「人を隠すなら、人混みのなかだと思ったんだけどな」  僕がそう漏らすと、おじさんは少しだけ笑った。 「『木を隠すなら森のなか』から思いついたんだね。ここは確かに、森みたいなものかもしれない。でも、君は木じゃないだろ。少なくとも、君を見つける友だちにとってはね」  おじさんが言ったことは、僕にはさっぱり理解できなかった。理解しようとしているうちに、いつの間にかおじさんは居なくなっていた。  もっと人混みに紛れなきゃ駄目だ。今までの僕は、多分とても不自然だったんだ。例えるなら、部長の不自然な髪の毛と同じくらい不自然だったのだろう。最近突如として自然になった社長の髪の毛くらい自然にならなきゃ駄目だ。  いや、本当に自然にならなきゃ駄目なのか? だって、僕を探してくれる人なんて居ないのに。  友だちと隠れんぼなんていうのは真っ赤な嘘だ。そもそも僕には友だちなんていない。  学校が創立記念日なんていうのも嘘だ。平日の授業から抜け出してきただけだ。  きっと、僕は誰かに探してほしかったのだろう。だからこそ、隠れようとしたのだろう。 『でも、君は木じゃないだろ』  おじさんの言葉を借りるなら、僕はやっぱり木だと思う。ひとたび森に入れば、誰も僕を見つけることなんてできないのだ。 「学校では木になれないのにな」 「見つけた!」  後ろで、誰かが大声を出した。それが、自分に向けられたものであると、直感的に悟った。  僕は本当に、木ではなかったのか。森の中で埋もれてしまわない僕だったのか。僕は木ではなく、人になりたかったのかもしれない。  人混みは、人が混んでるから人混みなんだけど、何故か、孤独の集合体のように思っていた。でも、どこに行ったって独りにはなれないんだな。  僕が振り返ると、そこには誰もいなかった。人混みだったはずなのに、誰もいなかったのだ。  え? なんで? 今、確かに「見つけた!」って声が聞こえて。待て、慌てるな。さっきの声の持ち主は誰だ。わからない。知らない。あんな声は聞いたことがない。そもそも声なんてしたか?  ていうか、僕って誰だっけ。
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