夏の冷たい恋

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8月1日  はあ、彼女欲しい。クーラーがよく効いた自分の部屋で、陰山陽斗は呟いた。  現在、大学二年生の夏休みに入った初日。外は、夏を形容するのに充分過ぎる程のかんかん照り。陽斗は外に出る気力もなく、ベッドに寝転がりながらスマホをいじっている。流行りのパズルゲームをやりながら、耳元には最近のマイブームのアーティストの曲が鳴り響いている。 (恋人がいる人たちはこんな日に有意義な時間を過ごしているんだろうなあ) 陽斗はそんなことを考えながら、虚しく左手の人差し指を動かす。すると突然、明日までのレポートの存在を思い出す。夏休みに入ったものの、一つだけ課題があったのだ。 「やっべ、明日までのレポートあるの完全に忘れてた」 独りきりの部屋で、思わず声が漏れてしまった。陽斗の性格上、家ではレポートや課題は出来ないため、どこかのカフェや地元の図書館に行く必要がある。ずっと家にいると、そのまま眠りについてしまい、結局深夜にする羽目になる。暗い気持ちを抑えながら、陽斗は駅前のカフェへと足を進めた。  いらっしゃいませ。カフェに入ると、陽斗と同じくらいの歳の女性の店員さんが笑顔でレジから挨拶をしてくれた。軽く会釈をして、レジへと向かう。 「アイスコーヒーの、一番小さいサイズをお願いします」 「Sサイズですね。お会計、二五〇円でございます」 陽斗は準備していた二五〇円をカルトンに置く。その間に店員さんは、アイス入りますと言い、アイスコーヒーを作る。こちら、アイスコーヒーになります、と言われ、先にアイスコーヒーを受け取る。 「二五〇円、丁度頂戴致します」 店員さんは、笑顔でこちらを見ながら確認してくれた。やばい、カワイイ。 普段、客として買い物をするとき、接客していて気持ちいい人を演じる。敬語を使う、出来るだけピッタリの支払い、無い場合はお釣りの返しやすい支払いにすること。そして、笑顔。いつもなら、無理矢理笑顔を作っているため、たまに顔が引きつってしまう。しかし、この人に対しては自然と笑みが溢れてしまった。 「こちら、レシートでございます。ありがとうございました」 店員さんは軍手のようなものをつけた手で、レシートを陽斗に渡す。俺と直で触れたく無いから軍手をつけているのだろうか、なんて卑屈なことを考える。笑顔、いや、にやけ顔で軽く会釈をして、二階の席へ向かう。  こういう小さな出来事があるだけで、やる気が出る。まずは、ワイヤレスイヤフォンを耳に装着して、スマホで選曲する。部屋で聴いていた、今お気に入りのアーティストの曲を再生する。そして、ノートパソコンをバッグから取り出し、作業を始める。内容も、書かなければならない文字数も、そこまで多くはないため普通にやれば二時間程で終わるだろう。よし、やるぞと意気込み、両手でキーボードをかちゃかちゃとタイピングしていく。  終わったー。手を組んで腕をぐーんと上に高く上げ、んんと軽く声を出す。右腕の時計を確認する。夕方の四時丁度だった。作業を開始したのは、十四時半より少し前だったので、一時間半以内に終わった計算になる。普段は、休憩という名目でスマホをいじってしまうが、今日は一度もいじることなくレポートが終わってしまった。恐るべし、美女パワー。  スマホを見ながら、空のグラスを持っていく。すると、目の端に人影が見えた。 「お預かり致します」 顔を上げてみると、先ほどの店員さんが立っていた。どうやら、二階の下げ台にあるグラスたちを下に持って行こうとしていたようである。下に持っていくであろう大きなトレイには、グラスやお皿が沢山置いてある。陽斗のグラスを置けるほどのスペースはもう無い。 「大丈夫です、これは自分で下に持っていきます」 いや、でもと言う店員さん。それでも、引き下がるつもりはない。僕もカフェでバイトしていて、こういう時の気持ち、解るので。と言うと、ありがとうございますと言われ、二人で下まで持っていった。 「本当にありがとうございます。どこのお店でバイトされてるんですか?」 「ここから十分ぐらいの、『TODOUR』ってところです」 「え、私よく行きますよ」 「本当ですか、よかったらまた来てくださいね。ご馳走様でした、では失礼します」 取り敢えず、社交辞令として言っておき、店を後にする。ありがとうございました、とさっきの店員さんの声が、自動ドアに遮られそうになって聞こえる。空を見上げると、彩雲が綺麗に浮かんでいた。 8月4日  この二日間は、友達と映画を観に行ったり、ご飯を食べに行ったりしていた。今日は、バイトだ。時間は、十四時から十八時の四時間。テレビで時間を確認すると、十三時三十三分を記していた。そろそろ出るか。リビングで観ていたニュース番組を消して、トートバッグを持つ。行ってきまーす。誰もいない家に声を掛けて、外へ出る。外は相変わらず暑く、今にも家に戻りたい気分だ。  店に着いて、おはようございますと挨拶をして、レジの人に鍵を貰おうとする。今日のレジは、城谷さんのようだ。陽斗の一個上で、日本一の国立大学に通っているらしい。城谷さんは、陽斗に目を向けずに鍵を渡す。どうやら、接客中のようだ。ありがとうございます、と小声でお礼を言い、二階の事務室へと向かう。まだ外の日差しを浴びて十分程度のはずなのに、身体はびしょびしょだ。ボディシートで身体を拭き、制服に着替える。  二階の下げ台を整理しながら、下へと向かう。いつも、ひっくり返してしまわないか、と怯えながら下げ台の食器を下に持っていく。 「おはようございます」 洗い場と、フードの人に挨拶をする。今日はどうやら、洗い場が設楽さんで、フードが大原さんのようだ。設楽さんは、陽斗の母親と同じくらいの年齢と推測される、気さくで優しい女性だ。一方、大原さんは陽斗と同年齢で都内の大学に通っている女子大生だ。 「おはよう、陽斗くん。城谷くんが十四時で上がりだから、手洗ったらレジ代わってもらえる?」 と、設楽さんが陽斗に言う。 「はい、分かりました」 手を洗いながら、お客さんの方に目を向ける。どうやら、今日はあまり混んでいないようだ。フードのポジションに居る大原さんに、おはようと声を掛け、城谷さんの元へ歩みを進める。 「城谷さん、代わります。」 鍵を渡しながら、代わるように促す。 「陰山君、有難う。じゃあ、御願いします」 御先に失礼します、と城谷さんは我々に挨拶をし、二階へと上がって行った。 今日は混んでなさそうだね、と大原さんに話しかけると、 「うん、今日はなんかあまりいないね。ラッキー」 と、笑顔で答える。陽斗も、意識的に笑顔を作って笑い掛けた。  ちらっと店に掛けてある時計を見ると、十七時半を指していた。今日はあまり混んでいなく、時の流れは遅く感じたが、もう休憩を含めて三時間半が経っていた。もう少しの辛抱だと、自分に言い聞かせていると、うぃーんと自動ドアが開く音がした。いらっしゃいませ、と声を掛けると、目の前には思わぬ人物が立っていた。三日前の、カフェの店員さんだった。陽斗は一気に緊張するが、なんとか頑張って接客をしようと試みる。 「い、いらっしゃいませ。本当に来てくださったんですね」 鏡を見なくとも、自分の顔が真っ赤になっているということが容易に分かる。 「はい、来ましたよ。アイスコーヒーのSサイズをお願いします」 そのカフェの店員さんは、あの時と寸分違わぬ笑顔をこちらに向けてくれた。恐らく実際の時間は二秒程だったろうが、陽斗には一分以上その場に硬直したように感じられた。ハッと我に返り、二二〇円ですとカフェの店員さんに言う。その後、アイス入りますと大原さんと設楽さんに伝え、アイスコーヒーの作成に取り掛かる。誰にもバレないように、下を向きながら口角を上げる。いや、思わず上がってしまったと言う方が正しいか。 「お先にアイスコーヒーを失礼します。二二〇円、丁度頂戴します」 恥ずかしさのあまり、カフェの店員さんを見ることが出来ない。レシートを渡そうとすると、カフェの店員さんから驚くことを言われた。 「今日って、何時までですか?」 さっき、時計を確認したばかりだから分かるはずだが、無意識的にもう一度確認する。 「十八時までなんで、あと三十分くらいです」 と答えた。 「そうですか。じゃあ、終わるまで待っているので、終わったら声掛けてください」 カフェの店員さんは相変わらずの笑顔で陽斗に告げた。陽斗は、驚きのあまり何も答えることが出来なかった。しばらく立ち尽くしていると、カフェの店員さんは、じゃあ後で、と言い、席へと向かって行った。レシートを渡す時に陽斗の手と彼女の掌が軽く触れた。その時、一瞬保冷剤を握ったのかと思うくらいひんやりした。 「ちょっと、今の人誰?彼女さん?」 大原さんが目を輝かせながら陽斗に問い質してきた。そうだ、この人はこういう類の話が大好きだった。 「いや、そういうのじゃないよ」 冷や汗をダラダラと垂らしながら、陽斗は否定をする。 「とか言いながら陽斗くん、顔真っ赤だったわよ」 忘れていた、設楽さんもこういう話が大好きだった。なんて否定しようか考えていると、新たなお客さんがやってきた。ふう、救われたと思いながら、いらっしゃいませと挨拶をする。    気付いた時には、もう十八時になっていた。正直、この三〇分間の記憶はあまり無い。 「すみません、お先に失礼します」 と、二人に声を掛けて事務室へ向かう。頭が真っ白になりながら、着替える。どうしよう、あんなタイプの女性が俺のこと待ってくれているなんて。服装は、花柄のスカートに白のTシャツをインしている格好だった。服装もタイプ。緊張で吐きそうになりながら、なんとか事務室の外に出る。鍵を掛け、一階に向かって歩いている時、目の端にカフェの店員さんが見えた。すっと目を逸らし、鍵を元に戻す。 いよいよだ。覚悟を決め、声を掛ける。 「あら、お疲れ様。じゃあ、場所変えましょうか」 カフェの店員さんがそう言い、身支度を始めた。陽斗の頭は真っ白だ。  そして、二人で店を出た。ありがとうございましたと、設楽さんと大原さんの声が耳に届く。二人のニヤケ顔が頭に浮かぶ。 「そこのファミレスでいいですか?もう暑くて」 汗を垂らしながら、彼女はそう言った。お洒落なレストランしかダメ!みたいな人かと思っていたから、この提案は意外だった。陽斗ははい、と答え二人でそこへ向かった。  席に着いて、最初に口を開いたのは向こうだった。 「そういえば、おいくつですか?私は二〇歳の大学三年生です」 彼女は、陽斗の一個上だった。 「十九歳の大学二年生です」 と、手をピースの形にして答える。 「あら、じゃあ私の方が年上か。タメ口でいい?」 勿論です、と焦りながら肯定する。 「LANE、交換しようよ」 彼女がそう言うと、慣れた手つきでQRコードをこちらに見せてきた。いろんな男の人と連絡先を交換しているのだろうか、とナーバスな気持ちになりながらも、交換を提案してくれたと言う事実の方が勝った。陽斗の画面に、「もりした なつの」という名前が表示された。すると、 「かげやま…、下の名前はなんて読むの?」 陽斗は、全部漢字のフルネームで登録していたため、下の名前が読めなかったようだ。 「ハルトと言います」 「ハルトくんね。私は、森下夏乃。でも、みんなにカノって呼ばれてるから、ハルトくんもそう呼んでね」 「分かりました、カノさん」 先輩をあだ名で呼ぶのは初めてで、なんだか照れ臭かった。 「今日は私の奢りだから、遠慮しないで食べて。この前のお礼がしたかったから」 そんな、大丈夫ですよ、と言うが、いいからと何度も言われ、仕方なくご馳走してもらうことにした。  二人ともパスタとドリンクバーを頼み、大学やバイトの話など、他愛無い話で盛り上がっていた。すると、カノさんがストローを口に咥えながら陽斗にこう聞いてきた。 「ハルトくんって、彼女さんとか居るの?」 あまりの唐突な質問に、陽斗はメロンソーダを口から吐き出しそうになった。 「居ませんよ、居ません。中学の時からずっと居ません」 「へぇ、中学の時から居ないのね。何だか、意外。欲しいとは思ってるの?」 「彼女が欲しいって言うか、好きな人と付き合いたいなとは思います。彼女が欲しいだと、誰とでもいいから付き合いたいっていう感じになっちゃうじゃないですか」 ふふ、真面目ね。とカノさんが口元に手を当てて笑う。 「そう言うカノさんは、彼氏さんいらっしゃらないんですか?」 仕返しに聞いてみると、 「居ないよ。半年前は居たんだけど、浮気されちゃって」 と、カノさんは答えた。やってしまったという顔をしていたら、カノさんが気を遣ってくれたのか、 「もう終わった話だから、そんなに気にしないで。ドリンクバー、何飲む?」 と言い、陽斗のコップを持った。じゃあ、オレンジジュースでお願いしますと言うと、カノさんはドリンクバーのコーナーへ向かって行った。その背中は、なんだか寂しげに感じられた。  その後も、何だかんだ楽しくお喋りすることが出来た。それでも、心に何かが突っかかっていた。その正体は何なのか、解りはしなかった。 「今日はありがとう。楽しかった。じゃあ、またね」 「ご馳走様でした。こちらこそ楽しかったです。失礼します」 カノさんの後ろ姿を見つめながら、目の端に空が映る。空を見上げると、今にも雨を落としそうな雲が沢山漂っていた。  ただいま。陽斗は家に居る母親に声を掛ける。 「ごめん、今日夜ご飯外で食べてきちゃった。お風呂入ってくる」 脱衣所で服を脱ぎ、風呂に入る。陰山家は、夏場はシャワーだけで済ませる。シャワーを浴びながら、陽斗はこう思った。  俺は、カノさんが好きだ。 三日前にカノさんに初めて会って、もうその時には一目惚れしていたのかもしれない。まさか、今日向こうから会いに来てくれとは思わなかった。話していて、本当に楽しかった。今すぐにでも会いたい。頭と身体を洗い、脱衣所に出る。パジャマに着替えながら、陽斗は心の中で決意した。  よし、明日の夜の花火大会を誘おう。  部屋に戻り、LANEを開く。名前検索で、「もりし」と打つと、彼女の名前が出てきた。しかし、ここで陽斗は躊躇ってしまう。こんな俺みたいな奴に誘われて迷惑じゃないか、そもそも断られてしまうのではないか。陽斗に、高校で恋人が出来なかったのは、こういった自己肯定感の低さが原因なのかもしれない。  一時間程自分の中で葛藤し、やっと決断することが出来た。俺が、カノさんを好き。一緒に花火を観たい。誘う理由はこれで充分だった。「無料通話」ボタンに左手の人差し指を伸ばし、押した。プルルルル…。3コール目でカノさんは出た。 「もしもし、ハルトくん。どうしたの?」 バクバクの胸を抑え、喉の奥から声を出す。 「今日は、本当に楽しかったです。また逢いたいです。明日の荒川の花火大会、一緒に行ってくれませんか」 暫く、沈黙が続く。俺は言ったぞ、断られても後悔はない。すると、 「…ごめん、びっくりしちゃった。嬉しい、うん、行こ。十八時に駅で待ってるね。じゃあ、また明日」  ピロリン、と電話の切れた音がした。一瞬、何が起きたのか分からなかった。しかし、冷静に思い返すとどうやらお誘いにOKしてくれたようだった。よっしゃー!陽斗の声が、部屋に響き渡った。    8月5日 午後五時半 昨日の出来事は、夢だったのではないかと何度も頰を抓るが、どうやら現実らしい。リビングでニュースを観ながら、心を落ち着かせる。覚悟を決めて家を出た。  駅に着き、カノさんをすぐに見つけた。可愛らしいピンク色の浴衣を着ている。恥ずかしくて可愛いと伝えられなかった。 「お待たせしてすみません」 「大丈夫だよ、私が早く着き過ぎただけだから。じゃあ、行こっか」 二人で横に並んで歩いていく。その時は、何となく話せる空気ではなく、無言で向かっていった。    花火がよく観られそうなところを確保し、腰を下ろす。花火が打ち上がるまでの三十分程は、昨日のように楽しく会話することが出来た。 「もう少しで打ち上がりそうだね。楽しみ」 子供のような笑みを浮かべ、空を見上げるカノさんは本当に美しかった。カノさんの横顔を眺めていると、一発目の花火が打ち上がり始めた。周りでも、おぉという歓声が聞こえてきた。空に打ち上がる花火は、自分たちなんてちっぽけだと思わせるほど壮大なものだった。  約一時間、打ち上がり続けた花火は終焉を迎えた。花火を見ている間は、二人とも感動のあまり口を開き、無言だった。 「綺麗だったね。じゃあ、帰ろうか」 と、カノさんが帰路へ歩を進めた。しかし、陽斗にはまだ最大のミッションが残っていた。何処かのタイミングで、切り出さなければとは思っていたが、人混みが激しく、なかなか実行に移せなかった。  しかし、五分ほど歩くと人の少ない道が現れた。もう此処しか無いと思い、カノさんを呼び止める。 「カノさん、こっちに来てください。伝えたいことがあります」 カノさんは、ぽかんとした顔でこっちを見ている。張り裂けそうな胸を抑え、口から言葉を発する。 「初めて会った時から好きでした。僕と付き合ってください」 カノさんは驚いた顔を浮かべたが、直ぐに冷ややかな笑みを浮かべた。 「ありがとう、でもハルトくんとは付き合えない。今日は楽しかったよ」 カノさんはすぐに振り向き、人混みへと向かった。ちょっと待ってくれ。振られたのは別に構わない、でも理由を聞かせてくれよ。陽斗は、カノさんの左手を掴んだ。すると、全身を一気に凍らせるような感覚が走った。すぐに手を離し、カノさんが振り向く。 「だから、バレたくなかったのに…」 カノさんの目から涙が溢れ始めた。再び前を向き、彼女は人ごみの中へと消えていった。  どれだけ探しただろうか。十分程が、何時間にも感じられた。しかし、意外とあっさり見つかるものだ。カノさんは、友人らしき人と話していた。 「ナツノ、男の子がこっち向かってきてるよ。じゃあね」 どうやら、こちらに気を遣ってくれたようだ。 「カノさん、全部話してよ」 彼女の目に涙はもう無い。覚悟を決めたのか、口を開いて話し始めた。 「私、浮気されたって言ったでしょ。その後から、ショックからなのか掌が冷たくなってしまったの。それで、バイト先では軍手をするようになった。ホットドリンクが冷たくなっちゃうから」 軍手をつけていたのは、そういうことだったのか。 「こんな奇妙な女と付き合いたく無いでしょ。だから告白を断ったの。でも、ハルトくんが私を認知する前から私はあなたが好きだった、あなたのバイト先でずっとあなたを目で追っていた」 「奇妙なんて思うわけがない!ただ俺はあなたが好きなだけなんだ!」 彼女は再び泣き出してしまった。 「もう一度言うよ。カノさんが好きです、僕と付き合ってください」 カノさんは、何度も頷きながら陽斗の方へ向かっていった。二人が抱き合った瞬間、空模様は一転し、大雨が降り出し、雷も悲鳴を上げ始めた。 一年後 今日はカノさんのバイト先に行く日だ。自動ドアが開いて中に入ると、レジに立っている彼女の姿を確認できた。 「いらっしゃい、ハルト。今日もアイスコーヒーでいいよね」 彼女の手にはもう、軍手は着いていなかった。
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