退化論

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 暗闇の中からぼうっと、長く白いあご髭をたくわえたおじいさんの顔が、こちらに近づいてくる。 「彼がチャールズ・ダーウィン、進化論を唱えました」 「人々の多くは、人間の祖先が猿だなんてありえないと考え、彼に反対しましたが、ダーウィンは数々の証拠を突きつけることで、人々を納得させていきます」  スクランブル交差点を人々が行き交う。  その光景が、ぐにゃぐにゃと揺らめきだし、それは草原の上で群れる毛むくじゃらの猿たちに、続いて砂地の上をのそのそと歩くトカゲたちに、そして水中をふわふわ漂うマリモのような物体たちに変化していった。 「我々人間は、かつては猿のような姿を、さらに昔はトカゲのような姿を、そしてそもそものはじまりの姿はこの単細胞生物であったと言われています。この単細胞生物から人間をはじめ、ネコやニワトリやカエルなど、今地球上で息づく様々な生物へ進化していったのです」  おわり。  目の前が一瞬暗くなったかと思うと、すぐに明るくなり、教室の前にはさっきの猿のような顔の男が立っていた。 「はい、今日のビデオはここまでです。それでは授業に戻りますので、ノートを出して、教科書138ページを開いて」  その言葉とともに、あのキリンやダーウィンなるおじいさんを映し出していた魅惑のスクリーンは、するすると教室の天井へ収められていく。  あぁ、この授業で唯一私の好きな時間がもう終わってしまった。今日のビデオ学習はこんなに短いのか……。ため息をついて机に突っ伏し、その下では慣れた手つきでスマホを取り出していじり始めていた。
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