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ネットで小説を公開している作者がひんやりしました。
1
未来。西暦2119年の夏休み。愛知県の某所にひとりの若い、会社員女性がいた。名は阪下モネだ。
彼女は前日の夜より、伝統ある小説投稿サイト“エブ×スタ”にログインをしていた。夏休みの夜は、ベッドに横たわり、スマホで読書をする。そして、そのまま眠るのが幸せであった。
「誰でもやってること。100年前のエブリスタも読んでみよう」
2119年では、既に消去されたインターネット上の記事を読むのは、日本では違法行為である。しかし、読む方法は複数あり、しかも罰則がない。
日本においては、インターネット関連の法律が、技術の進歩に追いつかない。
彼女は過去の人に迷惑がかかるわけがない、と浅はかだった。
インターネットの検索を使って、海外のウェブサイトを見る。日本語で「昔の小説投稿サイトの記事を見て、過去から返信をもらう方法」が紹介されていた。サイトの広告は、エッチなのや情報商材ばかりだ。
女性蔑視なわいせつな広告ばかりで、心がひんやりする。
「キモち悪い!」
目をしかめながら、サイトの説明文を軽く読んでいた。広告が邪魔だ。書かれたとおり操作すれば、エブ×スタの2019年のトップページが、モニターに出た。
「この時代のクリエイターさんも、メッチャ面白いジャン!」
頭に直接インターフェースを付け、100年前の作品を必死になって読み続ける。
22世紀のスマホは頭にパットなどをつければ、考えるだけで操作が可能だ。
過去の作品を読み続けていた。
「わたしも感想を書きたい!作者からの返事が欲しい」
唐突に一つの新着作品が目に止まった。心臓が高鳴る。
「ノーベレー文学賞を受賞した、あの方の処女作! エブ×スタ出身だったんだ」
彼女は、感涙を流しながら、作品にのめり込み過ぎてしまう。
世界でも最も権威がある文学賞のひとつが、ノーベレー文学賞だ。
最近、過去とインターネット上での通信が技術的に可能になった。日本政府は法整備を急いでいる。政府は過去との通信をしないよう、呼びかけていた。
モネはコメントを書き込み、返信を待つ。
これは国によっては、即逮捕される行為である。すぐにトーキョーに本部がかる、インターナショナルサイバー警察機構。略してISKKが、日本警察庁にしらせるだろう。
パトカーが走ってくるはずだ。
しかし、彼女はそれでも、読者として感想を書き、それに対する作者からの返事が欲しかったのだ。
急いで作品に対する感想を、つらつらと綴る。
2
未来・2119年の同時刻――警察庁サイバー犯罪課。ここでは多くの捜査官が、インターネット上の有害サイトなどを監視している。オペレーターのひとりに、インターナショナルサイバー警察機構から通報があった。
愛知県からの過去へ、インターネットでの書き込みがあった。管轄の愛知県警中央警察署に連絡が入る。中央警察署よりパトカーがサイレンを鳴らしながら、出動した。
緊急事態なので、猛スピード空に飛び立ち、モネのアパートに急行する。
パトカー内では、中年の男性警察官が無線で叫んでいた。
「阪下モネさんを急いで保護しないと……、危ない!」
自動操縦だが、法律を守り、運転席に座っている。
3
未来・2119年。
モネは感想を書き終わっていた。後は作者からの返事を待つだけだった。彼女には、作者からの返事が脳そのものに書き記されてゆく。
彼女は幸福感に包まれていたが、周りの空気がひんやりして重い。
「ワタシなんかに……ノーベレー賞を取ったセンセーが、返事をくれるなんて」
ひんやりした声になる。次の瞬間、モネの心臓は止まった。
その直後、彼女の家にパトカーが到着する。ドアを蹴って破り、警察官がモネの部屋に入った。
「遅かったか!」
過去とのインターネット通信が禁止された最大の理由――それは、過去からの情報は脳への負担が大きすぎ、死亡者が続出したからだった。
ちなみに、脳への負担を軽減する特殊な機械は、多種多様にあり、ネット通販で買える。
国によっては、機械にしっかりした安全基準を、もうけており合法だ。日本では好ましくなくグレーだ。
警察官は、悔しそうに手を握る。突っ伏したモネの頭へ手を伸ばす。装着してあるインターフェースを取り外した。安全な警察専用スマホを使って、過去のインターネットへ通信をする。
やりばのない怒りをぶつけるように、2019年のエブ×スタにコメントを投稿する。
「犯人は君だ!」
4
現在・2019年。
「やったー!」
自分が公開した小説に、始めてコメントがついたのだ! 始めて読んでくれた方がいたとき。スターをもらえた際も、嬉しかった。
そしてとうとう、コメントが書かれて、涙が出そうだ。
当然ながら、未来からのコメントなどと、知る由もない。
「ありがとうございます」
心が躍り、不意に大声を出す。コメントを書いてくれる人間は、生きている地球住民で一番優しく、良い人に感じた。
時代は違えども、温もりは嘘ではない。気持ちは通じ合えるのだろう。読者の心臓が停止しているのを、知らないからでもある。
作者は、舞い上がる気持ちを抑える。コメントにお礼の返事を書いていた。書き終えて、またコメントがあった。
〈犯人は君だ!〉
意味は分からないが、荒らしと呼ばれるネットの迷惑行為だろう。その直後、ネット接続が一時的に切断されたが、エラーの一種と思うだけだ。
嬉しさで、小躍りするように、ひんやりとエアコンの効いた部屋を飛び出してしまう。
「うれしいー!」
夏のじわっと湿った生温い空気が作者の体を包む。冷蔵庫から、高価な缶ジュースを取り出す。ニヤつきながら、星空の下、ひとりジュースで乾杯していた。
「自信が持てた。作品を公募に応募してみよう」
5
未来・2119年。
警察官は簡易医療キットを、モネにつける。念のため救急車を呼んだ。到着した男性救急隊員と、警察官の間延びしたやり取りがする。
「パトカーで、運ばれなかったんですか?」
「心臓と肺が止まって、意識がないんです」
疲れた顔の救急隊員は、少し不満そうだ。2119年においても、救急車は無料で、出動回数が多いのだ。救急隊専用スマホを手にする。
「近所のA病院さんが、専門の先生でなくても良ければ、診てくださるそうです」
困ったなー、と腕組みをしながら、警察官が尋ねる。
「大学病院さんはどうです?」
「うーん、聞いてみます……。『2時間ぐらいは、お待ちいただく』そうですね」
「近所のA病院さんに運んでください」
警察官は、モネが自分の子供と同世代であること。また、『犯人は君だ』と書き込んだことが、後ろめたかった。過去との通信は、あとで始末書を出すことになるだろう。
モネは意識がないまま、車輪でなく、無限軌道式の担架に載せられた。階段でも、無限軌道が床に張りついて、救急隊員の生理的負担を減らす。
モネを乗せた救急車が、やや小さな音でサイレンを鳴らす。
救急車の受け入れ先、A病院では、夜勤の女性医師が簡単な診察をした。CTスキャン状の機械にモネの体は入る。
医学の進歩は目ざましい。全自動手術ロボットで助けるだけだ。
臓器の脳が損傷した部分は、ナノマシーン。ざっくり言えば、ウイルスサイズのロボットが、注射器の針先から、血管に入って悪い部分を治す。
モネの両親がA病院に駆けつけた。すっかり元気になったモネを含めて、医師が診察室で説明する。
「幸い警察官の方が、すぐに医療キットを使ってくださったので、命に別状ないですね。現在、命に危険は全くありません。ただ、未来のことは、誰にも分かりません。後遺症の心配も、ない可能性が高いです」
22世紀になっても、医療過誤裁判は多い。医師は、想定される最悪の事態も、口にするのが常套句だ。
モネと両親は、背筋がひんやりした。医師が笑顔で言葉を紡ぐ。
「あくまでも、そういうことも、文献によれば、至極、稀にあるそうです。私は聞いたこともありません」
モネが視線を巡らせたのは、注射を打たれた二の腕だ。小さなデキモノのように数か所が、赤くなっていた。
「先生、傷跡残ったりしませんか?」
「手術ロボットが、注射器を血管に打っただけです。いじらなければ、二、三日で治りますよ。ですが、100パーセントの保証は……、できません。ご心配なら、数日入院して経過を観察しましょうか?」
病棟のベッドが偶然、空いていた。両親は一時的であっても、娘が心肺停止になったので、入院を強く希望した。モネは入院することにした。
なにごともなく、退屈な数日が過ぎる。
食事制限がないので、病院の片隅にある。患者専用の無人フードコートに行く。人間ドックや料金が高額な、健康診断を受けた人は無料で利用できる。
入院患者は有料だ。
無人フードコートはバイキング形式だ。ドリンクバー、サラダバー、ケーキバー、焼肉や回転寿司もある。カロリーゼロで好きなのを選び、食べたいだけ食べた。
「子供の頃はカロリーゼロ食品、味がイマイチだったけど、最近のはおいしいですよね」
唯一の従業員、ロボット店長は、愛想よく頷いている。空になったカロリーゼロのケーキを、トレーごと補充していた。
モネは、医師に商法された“特殊錠剤”を一錠飲む。一食分の適性カロリーや栄養素が摂取された。なお、医師でなければ、特殊錠剤は処方できないので、医療機関の受診が必要だ。
病気でない限り、特殊錠剤は健康保険が効かず、それなりの価格になる。
皮膚の傷跡も完全に消えた。退院前の診察が行われた。念のため、週に一回は診察を受けて欲しい、と医師に言われた。
「先生、近所のクリニックに紹介状を書いてもらえませんか?」
「うーん、うちから特定のクリニックを紹介すること、してないんですよ。阪下さんが、医療機関を、ご自身で見つけてくだされば、その先生には紹介状を書けます」
「先生、カロリーゼロのケーキを買いたいので、処方箋を書いてもらえませんか?」
「構いませんが、絶対カロリーゼロ食品は、健康な阪下さんは、常食はしないでください。たまに食べるだけにしてください。カロリーや栄養がゼロです。満腹感があり、おいしいだけです」
モネは待合室に戻った。スマホを片手に、かかりつけのクリニックに電話で相談した。結果はOKだ。
A病院から紹介状を、近所のクリニック宛に書いてもらった。調剤薬局は、病院の駐車場脇にある。カロリーゼロケーキセットを、菓子折りとして購入した。
その足で、モネは中央警察署に行く。過去との通信の件は、口頭で注意された。また、菓子折りは丁重に辞退された。
そのまま、隣接する消防署にもお礼を述べに行く。菓子折りは受け取らなかった。
モネはしらないが、あとから、「あのとき、菓子折り渡しただろう」と、因縁づけされる可能性もあるからだ。
今日は久しぶりに会社へ出勤だ。
皆が心配してくれたが、朝礼で数日間休んだことを謝罪した。家でバラしておいた、カロリーゼロケーキを会社で配った。
カロリーゼロケーキは、大ヒットしている。
常温保存でも、ひんやり感が消えないのも人気がある理由だ。全員が大喜びで休憩時間に食べた。(完)
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