オレンジのトリガー

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   こいつは俺のことが好きなんじゃないかって気がしてきた。  だって話しかけすぎでしょ。気がするだけなんだけどさ。  休み時間の度に後ろの席から背中を指でつつかれ「もっちー」と呼ばれる。 「見てよ!筆箱変えたの!」「知らんがな!」楽しいから良しとしているだけで、友達からは「入学して3か月なのにお前順調だな」って言われる。  付き合っていないとちゃんと認識されているけど、あの2人は秒読み段階であるという認識はクラスに蔓延しているみたい。  正直に言うと渡辺とならそう見られても大丈夫。あわよくば、そのまま付き合わせていただきたいとまで思う。でもそう見られることは渡辺にとってプラス要素になるのか?偶然、席が前後なだけで、俺じゃなくても誰とでも親密になれる気がする。 「中間テストが終わったのに、来週、実力テストじゃん?あれって模試なんでしょ?まだ高1なのにぃ」 「大学受験なめんなってことだよ。中間テストが完璧だった渡辺なら寝てても解けんじゃね?」 「英語はもっちーの方が良かったじゃん」 「2点とか3点なんて誤差」 「その誤差が命取りなんだよ?」 「あれ、もう受験生みたいなことおっしゃられてる。立派ですなぁ」 「うっざ!うざもちうざもち!」  3限の現代社会のノートに、「うざもち」と書いている。 「なぁ、渡辺の頭脳レベルになると志望校はもう決まってんの?」 「漠然とだけど国立かなぁって。やりたいこと特にないし、学費安いし」 「俺もそんな感じ」 「ねぇ、同じ大学行こうよ!」 「なに?レベル下げてくれんの?」 「あなたがレベルを上げるの!」 「あ!筆箱変えた?かわいらしい筆箱ですこと!」 「おい!」  たまにいるよな。つい声が大きくなっちゃうくらい会話がはずむ女友達。渡辺はそれの最高峰だと自信をもって言える。  こいつは俺のことをどう思っているんだろう。嫌いではないはず、むしろ仲の良い友達だと思ってくれているはず。  でも仲が良いと仮定して「その根拠は?」と聞かれてしまうと、「ほらこんなに仲良く話してるじゃん」としか言えない。  幼稚園からの幼なじみだとか、体育祭で曰くつきの二人三脚でペアになったとか、生死の境から共に生還したとかそういうエピソードは無い。  仲良く話してるから俺たちは仲良しです!だなんて、同義反復も甚だしい。  もっと怖いのは、席替えしたとして、遠くに移った渡辺が「もっちーじゃなくても男子と仲良くなれましたぁ」と不意に実証してしまうこと。  だから、現状維持が暫定的に一番楽しいという結論が出てきてしまい、今の関係に満足して、周りがつくりだす空気に寄りかかって安心してしまう。  要するに自分から踏み込まないのが正解。
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