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第1話 ゴブリンが勇者に討伐されず逆転移しちゃうような物語
それは清々しい朝の一日。目覚まし時計の音で一人の少女がベッドからむくりと起き上がり、ふぁ~と大きく伸びをして欠伸をしました。
彼女の名前は桜井 桃子。青春真っ只中の花の女子高生です。
「ふみゅ……」
――ゴブー! ゴブー!
瞼をこすり、目覚まし時計を見ました。それはグリーンゴブン島に単身赴任中の父親が誕生日にと贈ってくれたものです。変わったアラームがなりますが、桃子はわりと気に入ってました。
「お母さんおはよう~」
「あらあら、今日は早いのね」
階段を降り、台所へ向かうと桃子の母である桜井 住江。今年で39歳と40歳が目前に迫っているお母さんですが、見た目には20代でも通じるほどで、近所でも評判の美人ママです。
「今日は日直だから早いの。言ってなかった?」
「あらあら、そういえば聞いた気がするわね」
住江は思い出すように顎に指を添えて答えました。母の住江はわりと抜けているところがあるのでこういうことはよくあります。
勿論基本的には優しくて桃子が大好きで大事な母ではあるのですが。
「それじゃあお弁当すぐに用意しちゃうね。あ、朝食もつくらないとね」
「大丈夫だよ。朝ごはんはパンでいいから」
そして桃子はパンとバターと牛乳で簡単に朝食を済まし、お弁当を持って家を出ました。
初夏の風は穏やかで温かみの感じられる日差しが心地よくもあります。
通っている高校までは川沿いの土手道を利用します。下はサイクリングコースになっていて、桃子も時折自転車でこの道を走ります。
夕方になるとこのあたりも結構な量の車が走るようになりますが、まだこの時間はそれほど多くはありません。
高校までは片道20分ほどの距離です。通っている井瀬海堂高校につきました。門をくぐり靴箱の前までいくと下履きに履き替え教室に向かいました。まだ廊下は静かなものです。
桃子のクラスは2年A組からE組まであるなかの、2年C組です。男子17名女子15名の合計32名が一緒にこの教室で学業に勤しみます。
横開きのドアをガララと開けて、教室の中に入りました。他に生徒の姿はなく、桃子が一番のり――かと思ったのですが。
「ゴ、ゴブゥ~……」
「……え?」
なんと、教壇の前に奇妙な生物がいるではありませんか。
――ピシャン。
「ゴ、ゴブ?」
桃子は思わず一旦ドアを閉めました。
――ガララ。
そしてまた開けました。
「ゴブゥ……」
「あ、幻じゃないんだ」
改めて瞳に捉えたその姿を確認し、リアルであると理解しました。ただ、問題なのはそのリアルが桃子の常識の中に存在しなかったことです。
改めてまじまじと確認しますが、体格は五歳児程度でしょう。顔は丸っとしていて、肌は薄緑色。瞳は横倒しにした半月のようで黒目が小さいです。耳は尖っていて、下顎からは小さな牙が左右から一本ずつ飛び出しています。
「どうしよう……」
目の前にいる、いまだかつて見たこともないような様相の生物に、考えを深める桃子。何せ校内に謎の生物が現れたのです。
桃子の頭に浮かび上がるのは警察や保健所の文字。いや、それ以前にもしかして逃げたほうがいいのかな? という迷い。
その時でした。
「ゴ、ゴブゥ!」
何かに気がついたようにその妙な生物が鳴き声を上げ、かと思えば飛び出しました! 明後日の方向に……。
「ゴブゥ……ゴブゥ……」
「え~と……」
そして何を思ったのか、近くにあった机の下に転がり込み、ガタガタと震え始めたのです。
どうやら桃子に見られて身を隠そうと思ったようですが、そんなところに隠れてもお尻が出てしまってます。お尻と言っても何故かそこだけ腰蓑で隠されていますが、とは言えまさに頭隠して尻隠さずの状態なのです。
「……ぷっ――」
その姿に、つい桃子は吹き出してしまい、クスクスと笑ってしまいました。同時に毒気を抜かれどこか穏やかな気持ちで見られるようになってしまいます。
「ねぇ、君、どこからきたの?」
桃子はプルプル震えている生物に声をかけました。つんつんっと指で背中を突っつきます。
すると緑色の顔が桃子を振り返りました。桃子は出来るだけ怖がらせないようにと笑顔で接します。
ですが、瞳は明らかに怯えています。まだまだ警戒心はとけていないようです。
すると桃子は鞄をゴソゴソさせて、飴玉を一個取り出しました。
「はい、これ上げる」
指で摘んだ飴玉を差し出しますが、その生き物は不思議そうな顔をしてます。なので桃子はまず自分が飴玉を食べて見せることにしました。
包み紙を解き、中身を口に含みます。ほっぺで飴玉をころころさせながら、美味しいよ? 問いかけるように言った後、もう一つ飴玉を取り出し、今度は包み紙から出して、その生き物に差し出しました。
するとおそろおそろと緑色の手を差し出してきました。小さな手です。見たところ色が緑という点を除けば手は人と変わらないように思えます。指も五本生えてました。親指も小指もあります。
桃子が飴玉を手のひらに乗せると、ゆっくりと口に近づけた後、桃子を一瞥しましたが、にっこりと微笑むと、飴玉を口の中に放り込みました。
そして桃子を真似して飴玉を口の中でころころさせるのです。
「ゴブっ!?」
するとその双眸がカッ! と見開かれました。黒目も心なしか大きくなった気がします。
「ゴブっゴブっ♪ ゴブっゴブっ♪」
すると、両手を広げて、足で交互に床をリズミカルに踏み始めます。まるで踊っているようでした。顔にも笑顔が溢れています。未知の生物ですが嬉しがっているというのは桃子にもわかりました――
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