燃える人々

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 扉を開けると、冷気が待っていましたとばかりに流れ込み、素肌をなでる。一気に総身を走る寒気に身震いし、防寒具を置いてきたことを後悔した。  立っていたのは、女の子だった。服装を見て思わず、あっと漏らす。母校の若草高校女子の制服を着ていた。リボンの色は青。学年カラーは青、緑、赤で周回しているから、計算すれば二年生だろう。二年前、自分たちも青だった。 「あの、内田幸助さんですか?」マフラーに口元が埋まっているせいで、くぐもって聞こえた。 「あ、いえ、内田は中にいます。依頼でしょうか?」営業スマイルを浮かべる。少女はかすかにうなずいた。 「ではどうぞ中にお入りください」ドアを押さえて道を譲る。  依頼人がきたと知らせても、内田君は身動き一つしなかった。先ほど見たときよりも、さらに縮こまっているような気がする。肘掛椅子からリュックを拾い上げ、少女に座るよう促す。リュックはソファの足元に移動した。  のれんをくぐって奥へ行き、食器棚から湯飲みを三つ引っ張り出してお茶っ葉を振りいれる。コンロの上に置いてあるやかんの中を確かめる。何も入っていない。いつもは内田君がお湯を沸かしておいてくれるはずだった。リビングに戻る。 「非常に申しわけないのですが」肘掛椅子のわきに片膝をつけて落ちつきなく家中に視線を駆け巡らせている少女に、目の高さを合わせる。目を瞬かせて見返してくる。「灯油を買いに行ってもよろしいでしょうか? この通り、内田は寒さにかなり弱いので、ストーブがつかないと身動きも取れないのですよ」 手で毛布を指した。  急いで近場のガソリンスタンドまで飛んでいき、戻って給油し点火。やかんに水をいれて湯を沸かし、お茶を作って客人に詫びながら差し出す。室内から冷気が追い出され、温かいと感じられるようになってから、ようやく毛布がはがされた。ここまでに少女を四十分近くは待たせている。  内田君は見ず知らずの少女を前に、首をかしげた。委員長の妹? 寝起きの脱力した声での質問に、お客様だよ。小声で注意しながら左に座ると、何度か瞬いた。気を取り直すように目の前のお茶をすする。一息吐き出して湯飲みを置く。 「とんだ醜態をさらしましたね。で、おれに何か用が?」とげをはらむ落ちついた口調は、彼が覚醒にいたっている証拠だ。 「はい、あの、えっと、失礼だとは思うんですけど、確認してもいいですか? 内田幸助さんですよね?」  当惑しながら質問するのも無理はない。ぼさぼさに乱れた黒髪を下の方で一つに束ねていることと、型の崩れたロングコートを着ているせいでだいぶみずぼらしい。眼鏡の奥の目がややつり上がっているせいもあるのか、常に威嚇しているように見える無表情。挙句初対面が毛布にくるまった姿だ。疑ってしかるべきだろう。今も肩にかけている。 「最初は誰もがおれを内田幸助だとは思わない。うわさが独り歩きしすぎだ。一応これがおれの免許証」コートの内ポケットから運転免許証を取り出してテーブルに置くと、少女の前に滑らせる。少女は免許証にしばらく目を落としていたが、ごめんなさい、と頭を下げて返した。 「で、なんの用ですか。名前と用件を言ってもらいたい」元の場所に免許証をしまう。 「私は、猪瀬瑠香といいます。若草高校二年生です。その、おとといです。学校で、いきなり人が燃えたんです」
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