燃える人々

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 少し部屋の中が熱くなってきたのでストーブの温度を下げる。肘掛椅子に座った。「やっぱり人体自然発火現象じゃないかな」 「新聞のまねごとか」テーブルの隅に居座っている灰皿を引き寄せる。隅には他に小説が置いてあった。魯迅。コートの内ポケットから取り出したライターで、くわえた煙草に火をつけた。立ち上がって紫煙を吐き出す。「そもそもあんたは、自然発火現象をどこまで知ってる?」 「火の気がないのに勝手に燃えること、だよね?」声を抑えて自信のなさを示す。 「あり得ると思うのか?」ストーブの火力調整スイッチに手が伸びる。 「なんだっけ、発火性遺伝子があるって仮説? を使えば、今回の件も完全にあり得ないとは言えないんじゃないかな」即座に立ち、火力を上げようとする手首を掴んだ。  へえ。全く気がなさげだった。向き合う。「根拠のない仮説を信じるのか?」 「他に言いようがないし」目を逸らす。するとわざとらしくため息を漏らされた。 「あんたには、気にかかってることがあるはずだ」 「気になっていること?」 「自分が一番よくわかってるはずだろ」内田君は読書を再開した。  テーブルの下に重ねられている新聞の下から四番目を引き抜く。日づけは十二月十一日。夕刊。職業柄なのか、過去一週間の朝刊と夕刊は捨てたがらない同居人のおかげで、知りたい事件の詳細をすぐに見つけることができた。  校内で生徒の飛び降り自殺。  二〇〇七年十二月十日(月)午前七時半ごろ、群馬県立若草高等学校の校庭で、女子生徒の遺体が仰向けの状態で発見された。身元は井沢優香さん(十七)で、後頭部を強打した跡以外に目立った外傷がないことから、自殺と断定。学校側はいじめの可能性について調査している。  新聞の隅に追いやられている小さな記事を読み上げた。顔を上げる。「僕はこれを見逃してはいけないと思うくらいかな」 「根拠は?」本のページをめくる。 「この井沢さんっていう人が自殺をして、三日後に同じ学校の生徒がまた亡くなっているんだ。関係性を疑っても、考えすぎだとは思えないだけよ」  内田君は本から目を逸らした。こちらを見ているが、どちらかというと矛先は新聞だ。まだ十分に長さのある煙草を灰皿に押しつけた。 「あんたの推測が云々はともかくとして、おれはその記事を部分的に信じる気が起きない」長い足を組み、ソファのひじ掛けを下敷きにして頬づえをつく。視線が本に戻った。 「あてにならないの? どのあたりが?」 「自分が自殺すると考えてみればいい。とりあえずあさってにでも学校に行く。早い方がいいだろうからな」
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