【実験と真打の登場】

1/1
34人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

【実験と真打の登場】

 前述の通りゆるい部活のため、部員の殆どは本当に暇な時やテスト勉強のために集う場合が多く、毎日のように顔を出すのは春彦と和雪くらいになっていた。和雪はあれ以来皆勤賞で、既に部室で眠るのが習慣になっていた。その日も六時間目が終わってからいそいそとやってきた和雪は、そこに春彦の姿がなかったことで露骨に気落ちした。余計に顔色が悪く見える和雪を見かねて、真田が慰めるように声を掛けた。 「あー久世な、今日は委員会に強制参加。さすがにここに顔出す暇はないと思うけど、良かったら寝てけば?」 「……でも俺」 「何なら、俺が付き合おうか?」 「え……」  驚いたように瞬く大きな目に見つめられ、真田はひどくやましい気持ちになって何かに言い訳するように顔の前で手を振った。 「あ、いや、事情は一応聞いてるから。眠れる理由が人の体温とかなら、別に相手が久世じゃなくてもいいだろ? 試してみるのもアリだと思うけど」  すると和雪はなるほどと少し考え込んでから、心を決めたように頷いた。 「そうですね。あまりそういうことは考えたことがなかったので、先輩さえ良ければ。お願いできますか?」  同年代の中では小柄な和雪に上目で見つめられ、真田は何だか小動物のような愛くるしさを覚えた。春彦の気持ちをようやく理解しながら、鷹揚に胸を叩いた。 *** 「寝た?」 「……いえ。やっぱりダメみたいです」  春彦がしていたように並んで畳の上に横になってみたが、和雪は一向に寝に入る様子がなかった。 「すみません、せっかく付き合ってもらったのに」  申し訳なさそうに起き上がる和雪の青白い顔に、自分の方が無力感に押しつぶされそうになったが、部屋の隅でこちらを物珍しそうに眺めている二年生の二人を視界に入れると思いついたように提案した。 「どうせだ、ダメ元で全員試してみるか。ほら、おまえらも来い」 「え、俺らもですか? いや、でも」 「ガタガタ言ってないで、横になれ。沢谷、こんな奴らしかいなくて悪いけど、せっかくだし試すだけ試してけ」 「あ、はい」  真田に仕切られるまま、二人と順に添い寝をしてみたが、やはりと言うべきか和雪にいつものような睡魔の導きは訪れなかった。 「何か、悪かったな」  三人がもそもそと起き上がり、どこか残念な空気の中で真田がそう言うと、和雪は慌てて首を振った。 「とんでもない、俺こそすみません。皆さんをおかしなことに付き合わせちゃって」 「久世だけって、どうしてなんだろうな。あいつにあって、俺たちにないものって?」 「さあ。俺にも分かりません。ともあれ、ありがとうございました。俺、今日は帰ります」 「あ、そう?」  寝ないのなら本来の活動をして行けば良いのに。真田は心の中でそう思ったが、口には出せずに大人しく見送った。 「じゃあな、気を付けて」 「はい、お先に失礼します」  礼をしてから勢い良く部屋を出た和雪は、正に今入ろうとしていた春彦と正面からぶつかりかけてしまう。 「えっ、沢谷?」 「あ、先輩!?」  衝突を回避するため、無理に方向転換した和雪がバランスを崩して倒れそうになるのを、春彦は反射的に手を伸ばして支えた。結果的に抱きかかえるような格好になったが、お互い怪我がなさそうなことにほっとして春彦は大きく息を吐いた。 「はー、危なかった。ぶつかったりはしてないと思うけど、どこか痛めたりしてないか?」  胸に収まったままの和雪に訊ねてみたが、返事はない。不思議に思いながら肩を掴んで顔を覗き込むと、驚いたことに立ったままの姿勢で和雪は眠っていた。 「嘘だろ……」 「そりゃこっちのセリフだ。三人がかりでも寝かせられなかったってのに、瞬殺かよ。おまえアレだ、絶対何かヤバイもん体から出てるって」 「んなワケあるか! って、三人がかりってどういうことだ?」  スヤスヤと寝息を立てている和雪を部室に運んで畳に寝かせながら、真田から実験の話を聞いて春彦は複雑な気分になった。他の人間に添い寝をさせたくだりは面白くなかったが、春彦以外では眠れなかったという事実は心を高揚させた。でもそれが何故なのかはやっぱり良く分からなくて、答えの一端を求めるように和雪の白い頬をふにふにとつまんだ。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!