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【欠けたもの】
春彦が挨拶をして帰ろうとすると、リビングから和雪の母親が出て来て声を掛けた。
「わざわざ来て下さったのだし、せっかくだからお茶でも飲んで行って」
「あ、でも俺……」
「ケーキはお嫌い?」
「……好きです」
「良かった。コーヒーでいい?」
「あ、はい」
すっかり相手のペースに巻き込まれながら、春彦は促されるままソファに腰を下ろした。
(いいお母さんだな)
ここに来る前は、和雪の不眠の原因はもしかしたら家庭環境にあるのではと疑ってもいたが、どうやら杞憂のようだった。周囲を見回す目線の先に、子供が二人並んで写っている写真が飾られているのを認めて吸い寄せられるように近づいた。
「沢谷……?」
あどけない表情に、今の面影を映して写真の中の和雪は笑っていた。右側に和雪、そして左は――
「あれ、同じ顔」
「片方は双子の兄、白斗。そっくりでしょ? 一卵性だったから」
「双子?」
「もう、いないのだけれど」
テーブルにショートケーキの皿とコーヒーカップを並べながら、和雪の母親は穏やかな表情で話した。二人が小学五年生の時に、車の事故で兄の白斗が亡くなったこと。二人はとても仲が良く、いつも一緒にいたこと。二段ベッドの上段を取り合って、結局下段は使わずいつも二人で上段に寝ていたこと。いつまでも過去を引きずってはいけないと、二段ベッドを処分してから和雪が眠れなくなったこと――それらを静かに語って、和雪とよく似た表情でどこか寂し気に笑った。
「一卵性の双子って、周りが考えている以上に強くて不思議な絆があるみたい。和雪の一部は、あの日からずっと欠けたままなのかもしれないわね」
欠けてしまったものは元には戻らない。そんな当たり前の理屈は分かっている。
(それでも)
お茶のお礼を言って立ち上がりながら、春彦は一つの決意を固めていた。
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