【この先もずっと君の隣で】

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【この先もずっと君の隣で】

 結局二日間学校を休んだ和雪は、金曜日になってようやく登校した。放課後まで待てなかったらしく、昼休みに三年の教室まで訪ねて来た和雪を、真田が見つけて春彦に伝えた。 「おい久世、王子来てるぞ」 「沢谷が? 分かった、サンキュ」  弁当を持って立ち上がると、きらきらした笑顔で入口に立っている和雪の手を引いて教室の外に連れ出した。 「先輩? どこ行くんですか」 「昼食べに。おまえ弁当は?」 「え、教室に置いて……」 「じゃあ教室寄ってから、中庭に行こう。桜はもうないけど、今日は日差しがいい感じだから」 「え、え?」  目を白黒させている和雪を連れ、春彦は急ぎ足で中庭を目指した。 ***  目的のベンチに着いて、陽があまり当たりすぎない側を選んで和雪を座らせると、自分もその隣に腰を下ろした。風が程よく吹き抜けて予想以上に気持ちが良かった。さっそく「いただきます」と食べ始めた春彦に、和雪はおずおずと声を掛けた。 「あの、先輩。俺いろいろとご迷惑おかけしてすみませんでした。駅まで送ってもらったり、挙句熱出して家にまで……」 「それは、俺が勝手にやったことだから気にするな。それより先に弁当食えよ、話はそれから」 「はい」  そうして二人で黙々と弁当を食べると、先に食べ終わった春彦は「ご馳走さま」と手を合わせてから蓋をして元のように包んだ。一連の丁寧な所作を見て、和雪はふっと微笑した。 「なに?」 「いえ。先輩はやっぱり、良い人だなと思って。俺にも、最初から優しかったし」 「誰にでもって訳じゃないんだけど」 「え?」 「いや。食べ終わったら、少し話していい?」 「あ、はい。どうぞ」  最後の卵焼きを押し込み、口を動かしながら蓋を閉める和雪を見守って、春彦は頭の中で台詞をまとめながら口を開いた。 「不眠になった理由、沢谷のお母さんから聞いた。その上で、どうして俺が傍にいると沢谷が眠れるのか考えてみたんだけど」 「ち、違います」 「え?」  まだ何も考えを述べていないうちに否定されてしまい、思わずポカンとすると和雪は慌てて付け加えた。 「先輩の言いたい事は分かります。俺が最初に懐かしい匂いがするって言ったから、白斗と同じ匂いがするのかなって当然誰でも思いますよね。欠けたものを、先輩で埋めようとしているのかなって。でも、違うんです。確かに俺も最初はそう思ったけど、何度も先輩の隣で寝ているうちに、そうじゃないって分かったんです。先輩と白斗は同じなんかじゃない……」 「そりゃそうだ。俺なんかじゃ、亡くなった兄さんの代わりにはなれないよな」 「そういう意味じゃないです!」  自分の自嘲まじりの言葉を打ち消して、射抜くような強い眼差しで真っすぐ見つめてくる和雪から、春彦は目を逸らすことができなかった。 「白斗の代わりなんかじゃない。先輩は、先輩なんです。俺が眠れたのも、好きになったのも先輩だから。好きです、先輩……だからこれからも、ずっと俺と一緒にいてくれませんか?」  切実な声と瞳で紡がれた言葉に、春彦は何故か肩を落とした。 「おまえ……全部先に言いやがって」 「え?」  パチパチと瞬きする罪のない表情を眺めながら、春彦は苦笑してその頬にそっと触れた。 「俺から話したくて、わざわざここまで連れて来たってのに。思えば最初から、おまえには振り回されっぱなしだよ」 「えっと、先輩?」  いつも以上に優しい眼差しに戸惑っていると、頬に触れていた手を肩に回し、引き寄せるように春彦は和雪を抱き締めた。 「欠けたものは、元には戻らない。だけど、また新しく違う形で寄り添うことは俺にもできる。一緒にいよう、和雪。おまえがこの先も眠れるように、傍にいるよ」 「先……輩」  温かい雫が肩口にぱたぱたと零れるのを感じて、春彦は黙って和雪の髪を撫でた。和雪が落ち着くまでしばらくそうしていたが、予鈴が鳴ったのを契機に春彦の方からそっと体を離した。泣いたばかりの顔を恥ずかしそうに俯けている和雪の方に手を添えて、春彦は額に誓いのようなキスを落とした。 (春ノ編:終)
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