夏ノ編 【それからの二人】

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夏ノ編 【それからの二人】

「さすがにこの季節だと、添い寝はしんどいな……」  期末テストの最終日、「読書研究同好会」部室の畳の上で寝転がって単行本を読んでいた久世春彦は、自然と寄り添ってきた和雪から逃れるように身を離しながらしみじみと呟いた。  一年生の沢谷和雪と、添い寝から始まった奇妙な縁は、太陽が照り付ける真夏の季節を迎えた今日で三か月ほどになる。クーラーなんて洒落たものがあるはずのない部室の中は、うだるように暑かった。それでもどんな体質をしているのか、バタバタと下敷きで仰いでも汗が流れる自分とは対照的に、和雪は涼し気な顔で汗ひとつかかずにけろりとしていた。 「そうですか? 風もあるし、そこまで暑いですかね」 「暑いよ! 見ろよこの汗。おまえくっついてて気持ち悪くないの?」  和雪の寄り添っていたシャツの背中は、汗でぺたりと肌に張り付いていた。それを示しながら主張したものの、和雪はまるで共感する様子がなかった。 「全然。日本に四季があるのは昨日今日始まったことじゃないですから」 「いや、そんな大袈裟な話じゃなくて……例えば満員電車の中とか、この時期しんどくないか?」  徒歩通学の春彦と違って、二駅とは言え電車通学の和雪ならと身近な体験に交えて訊くと、彼はようやく表情を動かして頷いた。 「あー……汗でべったべたなおじさんとか、近くに来られると勘弁してほしいですよね」 「だろ? やっぱり夏はさ、あんまり添い寝とか……」 「それとこれとは別です。だって、先輩ですから」 「う……」  にこりと微笑みながらの愛らしい答えに、不覚にもキュンとしてしまう。  二人の関係は少々説明が難しい。互いに「好き」と告白した以上、ただの部活の先輩後輩ではないが付き合っているのかと問われれば、力強く肯定できるほどそれらしいことは何もしていなかった。 (いや、でもこういうのは心の問題だし)  元々不眠症とその要因になった過去を抱えていた和雪を、その呪縛から解放してやりたいという強い意思が優先していた春彦にとって、和雪はどちらかと言えば保護してやりたい対象だった。だから優しくしたり甘やかしたいような気持はあっても、それ以上のことを急ぐつもりは全くなかった。  それに、今まで所謂「お付き合い」というものを一度も経験していないので、そういったことのペースや何が当たり前なのかも知らないのも事実で。 (まあ、お互い未成年だし。少なくとも、和雪が高校卒業するまでは考えなくても良いか)  彼の世代ではかなり稀有な価値観を抱きながら、暑いながらも穏やかな一時を噛みしめていた。
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