第一章 五年生最後の日

1/6
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ

第一章 五年生最後の日

「ちょっと、のどか! 起きなさいって!」 「んぁ」  小声で呼びかけ、隣にいるのどかをひじでこづく。 「……春休みが終われば新しい一年生が入学してきます。みなさんは先輩として……」  校長先生の話で眠くなるのはわかる。だけど、立ったまま寝ないの! 「寝へないよ」 「寝てたから! ていうか今も寝てるから!」  今日は五年生最後の日、終業式だ。グラウンドには全校生徒が並んでいる。  わたし、息長(おきなが)しずかと、双子の弟である息長のどかは、朝礼台の横に立っている。児童会の役員は、先生と並んで立つことになっているからだ。  それなのに、のどかったら!  列の前のほうの生徒がのどかを指さして笑っている。  そりゃ笑うよ。副会長が、立ったままかっくんかっくん舟をこいでるんだから。  のどかとわたしは双子だけど全然似ていない。女と男の二卵性双生児だし。  顔はそっくりだってよくいわれる。髪型を同じにしたら見分けがつかないって。  正直、自分じゃよくわからない。鏡の前で自分のおさげを隠してみても、のどかの顔とは見わけがつくし。たしかに、ちょっとは似てるけど。 「……昨日の帰りに商店街で買ったコロッケが絶品で……」  校長先生は何の話をしているの!?  少し聞き逃している間に、話はよくわからないところにいっていた。 「……最近ベルトがきつくて、これではいかんと朝のジョギングを……」 「……ふわ、あ」  湧いてきたあくびをかみころす。  のどかじゃないけど、わたしも眠い。寝不足かな。  うかんだ涙を指でふいても、まだ目がかすんでいる。  一昨日は卒業式の準備と送辞の練習で遅くまで学校に残り、帰ってからは春休みに向けて図書室の当番表、美化活動のしおり、部活の練習メニューをつくった。  昨日の卒業式では在校生代表として送辞を読み上げた。  そして、お世話になった先輩たちを見送ってからは仕事、仕事、仕事! 感傷にひたるひまもない。  何しろわたしは児童会会長で図書委員長で、美化と保健の副委員長で、風紀委員で学級委員で女子フットサル部の副部長だ。やらなきゃいけないことは、ひっきりなしにやってくる。  だからわたしは毎日いそがしい。  でもそれはいいことだ。みんながハッピーならわたしはオッケーなのだ。 「――みなさんもビールの飲み過ぎにだけは注意して――」 「……ん?」  まだ視界がぼやけている。涙はもうひいたのに。左右で見比べてみると、どうも左目の調子がよくないみたい。視力が落ちちゃったかな。 「きゃああああ!」  と、突然、悲鳴があがった。  列の後ろの方からだ。  飛び上がっても全然見えない。  仕方ないので朝礼台によじ登る。 「お、おい!」 「ちょっと邪魔です!」 と、校長先生の大きなお腹を押しのける。  朝礼台の上からは、列の一番後ろまでが見わたせる。だから、どこでトラブルが起きているかはすぐわかった。  遠くでド派手に砂ぼこりが上がっている。  つむじ風だ! 「きゃああああ!」 「うわああああ!」  よりによって下級生の列に!  朝礼台から飛びおりる。 「しずか、危ないから、」  のどかの呼びかけを無視して、つむじ風に向かっていく。 「みんな、校舎に入って! こっちよ、こっち!」  逃げ遅れた子や、おびえてしゃがみこんでしまった子に呼びかける。  砂が全身にビシバシ当たって痛い。風で体が浮く。  これ、小さい子は本当に危ないんじゃ……!  と、変なものを見た。  つむじ風の中で、ひもが舞っている。  ひらひら、ひらひらと、そのひもは、白くてほのかに紫がかっている。  ちょうちょ結びだ。空中に結び目が浮いている。  暴風の中なのに、どこにも飛んでいかない。空に結ばれているみたい。  何だろう、これ?  わけもわからないまま、ひもに手をのばす。  あ、つかめた。  そのまま引っぱってみる。  するする解けて、そして、風が止まった。    一瞬だった。一瞬のうちにつむじ風が消えていた。  解けたひもは、水に粉末の洗剤を溶かすようにうすまって、かすみになった。  もう風はない。  なのに、白いかすみがするすると流れてくる。  そして、かすみが、わたしを取りまいて……。  意識がとぎれた。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!