第一章 五年生最後の日

6/6
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
「さて。もう夜も遅いし、詳しい説明はまた明日ね。明日からは神社のお勤めに、修行に、お勉強よ。早く寝ましょう」  みちるさんはそう言って、ぱんっと手を打った。 「あ、やっぱり今日ってお泊まりなんだ。着替えとかないんだけど」 「今日はがまんして。義兄さん、明日になったら二人の荷物を持ってきてもらえますか?」 「……うん」と、それまで黙っていたお父さんが、低く小さな声で返事をした。 「僕の車だと限界があるし、当面必要なものだけになっちゃうけど」 「ええ。少しずつでもお願いします」 「あの、僕たちいつまでここにいればいいの?」と、のどかが聞く。 「ずっとよ。二人とも、ここで暮らすの」  みちるさんはあっさり答えた。 「それじゃ学校はどうするの!」 「こっちに転校ね」 「無理だよ! わたし、児童会の会長で、学校のみんなをハッピーにしないといけないの!」 「誰かが代わりにやるわよ」  みちるさんは顔色ひとつ変えない。 「そんな、」  わたしの言葉をさえぎるように、肩に手が置かれた。  振り返ると、お父さんは悲しそうに笑っている。  そうよ。お父さんならきっとわかってくれるはず。だって、わたしが児童会長に当選したっていったら『最後までがんばるんだよ』って応援してくれたし! 「しずか、ごめんよ」  そんな言葉は聞きたくなかった。わたしにだってわかる。これはお父さんが謝ることじゃないって。だからもう、何も言えない。 「転校の手続きはしておくよ。しすか、のどか。二人とも四月からはこっちの小学校だ」 「お父さんはどうするの? 仕事があるよね」  お父さんは、家の近くの高校で歴史の先生をしている。 「僕は名古屋にそのままいるよ。だいじょうぶ。会いに来るから」  そう言って、お父さんはさみしげに笑みを浮かべた。 「……神業は危険をともなうものよ」  みちるさんが、ゆっくり、重々しく言う。 「人も自分も傷つけてしまうかもしれない。しずか、あんたは身をもって知ったでしょう。わけもわからないまま魂鎮めをしたら、今日のしずかみたいになる。いえ、もっとひどいことになることもある。力はコントロールできないといけない」  みちるさんはわたしとのどかを交互に見た。 「しずか、のどか。これはとても大事な御役目なの。わかってほしい」  そして、頭をさげた。  お父さんがわたしのどのかの頭に手をおく。 「困ってる人を助けて、みんなをハッピーにする。きみたちにしかできないことだよ」  みんなをハッピーに。  そっか。たしかに、児童会長なら学校のみんなのためにいろいろできるけど、神仕えとして力をつけたらそれ以上のことができるかも。 「しずか、やるしかないんじゃない?」  隣ののどかが、いつもと変わらない口調で言ってきた。  ……そうね。へこんでばかりいてもしかたない。 「こうなったらやってやるわ!」  立ちあがり、天に向かってこぶしをつきあげる。 「待ってろ神気! 悪の手から世界をすくってみせる!」 「あんた、わたしの説明聞いてた?」  みちるさんは、あきれ顔でそうぼやいた。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!