第二章 神社の一日は早起きから

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「んー、気持ちいい!」  境内の真ん中に立って、背筋を伸ばす。 「早起きってやっぱりいいね」  隣にいるのどかから返事がない。  顔をのぞきこむと、わが弟は立ったまま目を閉じていた。  竹ぼうきでお尻を叩くと、のどかはびくっとふるえた。 「寝へないよ」  親指を立てて見せるのどか。 「寝てたから! ほら、早く掃除しよう」  今は朝六時。  まだ日ものぼりきっていないのに、境内にはけっこうな数の人がいる。  紫の和服を着たおばあさんや、スーツのおじさん、セーラー服のお姉さん。  多分氏子のみなさんだ。氏子さんというのは、神社がおまつりしている神さまの子孫にあたる人たちのことらしい。本当に子孫なのかはわからないけど、とにかく神さまの近くに住んでいる信者の人たちだ。  姫神神社では巫女さんのアルバイトもやとっているけれど、それだけじゃとても仕事がまわらない。だから、氏子さんたちの手を借りているそうだ。氏子さんたちは、参道の落ち葉を掃いたり、賽銭箱を拭いたりしてくれている。  わたしたちもちゃんとお勤めしないと! 神社がきれいだと参拝する人はハッピーだもんね。  わたしとのどかの仕事は、手水舎(ちょうずや)の用具整備と拝殿の拭き掃除。  手水舎というのは参拝前に手を洗う吹きぬけの建物のことだ。手水舎には大きな石が置かれていて、石のくぼみには水が張ってある。参拝する人は、くぼみのふちに置かれた柄杓で手を浄めてから拝殿に向かうのが神社のマナー。  拝殿は神社の中央、参道の終点にある。神さまを拝むための神殿だ。 「うーん?」  かたくしぼった雑巾で拝殿前の階段を拭いているとき、ふと違和感をおぼえた。  他の神社と同じように、姫神神社でも、拝殿前の階段には賽銭箱が置かれ、鈴がつるされ、そして神社の由緒や神さまのご利益が書かれた板が壁にかかげられている。  その神さまのご利益の文字が、みょうにぼやけている。今日も引き続き目の調子がよくない。片目ずつつぶってみると、左目がちゃんと見えていないのも昨日と同じだ。 「おはようです」 「わわっ!」  後ろからの声に振りかえると、セーラー服を着たお姉さんがすぐそばに立っていた。 「えっと、おはようございます!」 「元気あふれてるですね。感心感心」  と、満足げにうなずくそのお姉さん。  身長はそんなに高くない。わたしとあんまり変わらない。顔はこんがり日やけしていて、髪は明るい金髪で……不良中学生だ! でも、セーラー服からのぞく手足とお腹も茶色いから地黒なのかも? 「目こすってるけど、だいじょうぶですか?」  お姉さんは自分も寝ぼけた目で聞いてきた。 「さっきから左目がよく見えなくて」 「早くみちるちゃんに言ったほうがいいですよ」  みちるちゃん!? 「超年上に対してその呼び方はまずいです。聞かれたら頭を握りつぶされますよ!」  こっそり耳打ちしたが、お姉さんは「はあ」と気の抜けた返事をするばかり。命の危険がすぐそこにあるというのに、まるで危機感が感じられない。 「ではでは、ぼくはこれで。しずかちゃん、目に気をつけるですよ」 「あ、ちょっと、」  お姉さんはそれだけ言い残すと、さっさと歩いていってしまった。まだ名前も聞いていないのに。  それにしても、こんな朝早くから神社に来るなんて、あのお姉さん、親が氏子さんなのかな? もしくは熱狂的な神社ファン? そういえば、わたしの名前知ってたよね。もしかしてわたしのファン? というか『ぼく』って。 「しずか、何してたの?」  と、のどかが声をかけてくる。 「中学生くらいのお姉さんと話してた。色黒で金髪の」 「へえ。神社っていろんな人が来るね」 「さっきまでそこにいたよ。気づかなかった?」 「見てないな。そうそう、朝ごはんだって。戻ろう」  のどかはお姉さんに気いてなかったみたい。あのお姉さん目立つのに。のどかったらぼんやりしすぎだよ。
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