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第五章 自分にできること
嵐の後、わたしたちはみんなで掃除にとりかかった。境内は折れた小枝と落ち葉でいっぱいになっていて、掃き浄めるのに夕方までかかった。
そして夜になると、お父さんがまた神社に来てくれた。前回頼んだ荷物を届けるためだ。居間で荷物を広げながら、どんな修行やお勤めをしているのかを、お父さんに話した。
「二人とも、がんばってるんだなあ」
「ねえ、お父さん。どこか遊び行きたいな」
せっかくだからお父さんにねだってみる。お父さんが言いだせば、みちるさんも許してくれるかもしれない。
お父さんは少し考えてから「この近くだと、近江八幡の町並みを見るのが楽しくていいかもしれないなあ」と言った。
「それって近江商人の町だよね?」
お父さんの発言に、のどかが食いつく。
「近江商人? 何それ?」
のどかが「知らないの?」とわたしのほうを見る。
「安土桃山時代から近代にいたるまで活躍した近江出身の商人たちだよ。織田信長が安土城の城下町で楽市・楽座令を出したのは学校でやったでしょ? それで商人が集まってきたのが始まりだっていわれてるんだ」
「現代の大企業も、近江商人が開いたお店が元になっていたりするんだよ」
「へ、へえ」
お父さんは名古屋の高校で歴史の先生をしていて、のどかはその影響を受けている。二人とも、こういう話をしだすと長いし暑苦しい。
「義兄さん。お待たせしました。ちょっと電話をしていて」
みちるさんがお茶を持って居間に入ってきた。
「何の話をしていたんですか?」
と、みちるさんがお茶を配りながら聞く。
「たまには外に遊びに行くのもいいかなって話だよ。近江八幡の町並み保存地区なんか、楽しそうだよね」
「ああ、ではみんなで行きましょうか」
「どうしたのみちるさん! そんな簡単にお出かけを許すなんて! 鬼のかくらん!? 明日はまた嵐を呼ぶの!?」
「しずか、ちょっとおいで」
「あ、はい」
みちるさんは廊下にわたしを連れ出して頭がい骨を握りしめた。
「近いうちに、辺津宮に行かなくちゃと思っていたんです」
辺津宮というのは、近江八幡の街中にある辺津宮神社のことだそうだ。ここも代々息長家が宮司を務めているらしい。おまつりしているのは多岐都比売命さま。姫神神社の祭神、市寸島比売命さまの別の姿だと、みちるさんは説明した。
神さまはいくつもの神社でおまつりされているし、名前や姿もいろいろ持っている。それぞれの神社にときおり顔を出して、氏子のことを見まわっているんだとか。
大昔には、近江八幡の辺津宮神社、ここ淡海町の姫神神社、そして沖島の奥津宮神社の三社は、合わせて姫神大社と呼ばれていたらしい。
「神社としても縁が深いし、今の宮司はわたしのおじさんなの。二人ともこっちに住むからには、あいさつしておかないとね。さっき辺津宮から別件で電話があったので、ついでにしずかとのどかの話をしたんです。明々後日うかがうことになりました」
「やった! おでかけだ!」
「う。明々後日か」
と、お父さんが苦笑いを浮かべる。
「もしかして、お仕事?」
のどかが顔をくもらせる。
「だなあ」
「えー」
せっかくお父さんとお出かけするチャンスなのに。
「文句言わない。お父さんにはまた今度遊びに連れていってもらいなさい。代わりといったらなんだけど、ニオちゃんを誘ったら?」
「いいの? じゃあ、明日にでも誘ってみる!」
「楽しみね」
みちるさんは、にっこりと笑みを浮かべた。
「明日と明後日は、目いっぱい修行ができるわよ」
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