追憶の旅6

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追憶の旅6

そして私は、紫色に染まり始めた空の下、少し汗ばんだ額に生温い風を感じながら待ち合わせの場所へと足を進めていく。 この位置からでも淡い緑色の屋根が少しだけ見える私の住むアパートは、崖の中腹の道沿いに疎らに建つ一軒家の中にひっそりと佇んでいて、道路を挟んだ向こう側は急な崖になっている。私はその境に伸びるガードレールに指を滑らしながら、崖に生い茂る樹々から響く虫の音に耳を傾けて坂道を下った。 この時の私は、普段気にもしていなかった虫の声でさえもずっとずっと綺麗なものに感じていて、町の雰囲気でさえも、いつもと同じはずなのに何処かきらきらと輝いて見えていた。それは、たぶん私の心がきらきらと輝いていたからなんだと思う。 そんな私は坂道を下りきった所で鼻唄を口遊み始め、下駄の乾いた音が一定のリズムを奏でるのを幸せそうに聞きながら高校へ上がる時に買ってもらったばかりの携帯電話をそっと開いた。因みにこの携帯はしーちゃんとお揃い。敢えてって訳ではなくて、本体価格が無料の中では一番新しいものだったからそれにしただけ、ってお母さんとしーちゃんには言ってある。 そんな携帯の電話帳にはお母さんとしーちゃんの二人だけしか入っていないけど、私はそんな電話帳が好き。 電話帳を開く度に私としーちゃん、そしてお母さんだけの名前が映し出されると、この広い世界で私達だけの世界がこの小さな端末の中に出来上がっているような気がして、少し照れくさいような嬉しいような、そんな気持ちになるから。 しーちゃんと私は、お互い携帯を持たせてもらうのは遅かったけど、実を言うと私は携帯なんて必要無いって思っていた。だってしーちゃんの家はすぐ近くだし、学校も一緒。連絡を取りたければ家に電話だってある。だから私は今まで携帯電話というものの必要性を感じた事が無かったのだ。
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