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響く先は夏の星空
「莢果(さやか)! おい、返事しろよ! なぁ! おい! 莢果ッ!」
少し蒸し暑い、夏草の匂いが仄かに香る道にしーちゃんの切迫した声が響いた。
私がぼーっと目を開くと、目の前には今にも泣き出してしまいそうなしーちゃんの顔。その後ろには今まで見たことも無い程に綺麗な星空が広がっていた。
「莢果……大丈夫だ。すぐ、救急車、来るはずだからさ、な? だからもうちょっとだから……」
今まで見たことない程に不安な表情を露わにするしーちゃんが心配になって私が身体を起こそうとすると、お腹の辺りに変な違和感を感じた。ジンジンとした、ずっとお湯が溢れている様な変な感覚……そこでふと思う。
……そういえば何で私は寝てるんだろう。
すると、ぼんやりと直前の記憶を探していた私の肩をしーちゃんが優しく掴んでそっと地面へと戻した。
私が不思議に思ってしーちゃんの顔を見上げると、しーちゃんは何故だかグッと目を瞑って私の頬へ大粒の涙をポタポタと零しだした。
「しーちゃん、どうした…」
私が言いかけた時だった。
突然思い出したかのようにお腹の辺りに激痛が走る。それは痛覚の限界を思わせる程の痛みで、同時に自分のものと思えないような低い呻(うめ)き声が喉の奥から捻(ねじ)り出された。
「おい、大丈夫?! いいからじっとしてなきゃ! くそっ……まだ来ないのかよ」
そこでやっとしーちゃんがいつもと違うのは、私のせいなのだと理解する。しかし気付いた時には私はこの状態になっていて、このお腹の痛みの心当たりがまるで思い出せずにいた。
「なんか……お腹のとこが凄い痛いよ……痛い……何が……あったの?」
私が痛みを堪えつつも絞り出したその言葉に返事は無く、言葉の代わりにしーちゃんが私の手をギュッと握りしめた。その一瞬、私は痛みを忘れてその温かな大きな手の感触に浸ってしまう。
だって今までずっと近くに居たのに、二人が大きくなってしまってからは手を繋いだ事なんて一度も無かったんだもん。
しかしその幸せな感覚は瞬く間に痛みに上書きされてしまう。
そんな私の小さな幸せすら邪魔をするその痛みの先、お腹の辺りへとゆっくりと視線を向けた私は、そこに異様な光景を目の当たりにした。
太さはトイレットペーパーの芯くらい……丸くて鈍い光を反射する一本の長い棒が私のお腹から……生えている?
そしてその棒の根元には、真っ赤な絵の具みたいな液体が静かに波打って、私が今日初めて袖を通したばかりの真っ白な浴衣を赤く染め上げてしまっていた。
"血の気が引く"という言葉の意味を身に染みて感じた瞬間だった。
それから私の意識がすぅーっとどこかへと引っ張られていくような感覚に襲われ、気がつくと私は……しーちゃんの家の庭に立っていた。
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