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 五月の日曜日に、クラス親睦会が遊園地で始まった。結局、羽美は葵と一緒になったが、修吾と同じグループにはなれなかった。入場前、羽美の目は修吾を探していた。世話役の修吾は、グループの間を飛び回っている。  思い通りにはいかない。羽美は思う。今日も押野くんと会話できなさそう。でも、葵ちゃんと一緒だからいいか。きっと楽しいよ。  羽美たちのグループは次々とアトラクションを回った。ジェットコースターを待つ長い行列につき、おとぎ話のような可愛い家でお土産を買い、砂糖まみれのチュロスを買って、歩きながら食べた。  みんな笑っている。羽美も楽しかった。グループの男の子たちはいい人で、芸人を真似したギャグで笑わせてくれる。葵ちゃんは、腹を抱えて笑っていた。  でも不思議なの。他の男の子とは、話を合わせるだけの表面的な感じで接してしまう。心の底から言葉が湧いてきて止まらなくなるのは、押野くんを見つめるときだけだ。  午後も遊んでいると、羽美の足に小さな女の子がぶつかった。幼稚園生ぐらいの子を見たの、今日初めてのような気がする。  羽美は改めて周囲を見回した。子供の姿は多少見えたが、子供についている家族の方が断然多い。三十代、四十代以上の人も多い。  大人の、いいえ老人のために、遊園地はあるんだわ。羽美がそう思ったのは、修吾の小論文の影響かも知れない。  ふいに思い出した。羽美も昔、遊園地に連れてきてもらった。その時はパパがいた。パパは優しくて、大好きで、でも……。視界が周辺から黒く変わっていく。嫌! やめて! 「羽美! ねえ、どうした?」  遠くで葵の声が聞こえる。羽美は貧血みたいにもう立っていられなくて、ベンチに横になった。目を閉じた彼女に声が聞こえる。羽美ちゃん、どうしよう。おお、看ていてくれるか。誰かが同じベンチに腰を下ろした。  羽美は気分が悪くて、しばらくは目を開けることさえできなかった。でも、看ている誰かの重みと体温をかすかに感じていた。それだけで、羽美は気分が楽になった。
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