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どれだけ経ったことだろう。ようやく羽美は目を開けた。視界はすでに暗く、空は暮色のとばりが下りつつある。体を起こすと、
「気がついた?」
と包みこむような、男の子の声。声の方向に修吾がいた。どうして押野くんがここに?
「井ノ原さんが倒れる時に、ぼくらのグループも通りかかったんだ。誰かついていないといけないし、ぼくクラス委員だから」
「でも……ありがとう……」
羽美は俯きながら、やっとお礼を言った。
「押野くん、遊びたかったんじゃないの?」
「気にしなくていいよ。病気の女性は見捨てちゃいけない。というのが、ぼくのモットー」
「それは、お母さんが入院しているから?」
一瞬で、修吾の顔色が変わった。
「プライベートな質問には答えない」
羽美は後悔した。ああ、わたしやっちゃった。彼の嫌がるところに踏みこんじゃったんだ。気まずい沈黙を破るように、向こうから、軽やかな音楽と歓声が聞こえてきた。
パレードだ! 目の前の広場に向かって、赤、青、黄、様々な色の電飾に囲まれたキャラクターたちが踊るステージの車が、ゆっくりと近づいてくる。群がる観客たちの、スマホの画面とストロボが瞬いていた。
「きれい……」
羽美は通りを埋め尽くして近づいてくるパレードの光の洪水に見とれて呟いた。キャラクターが踊ると、電飾の光が暗がりに残像の尾を引いた。遊園地の隅々から滲み出すような闇と、パレードの光が拮抗して、そこだけ燃え上がっているようだ。
夢みたい。羽美は誰にも聞こえない声で呟く。押野くんと二人でパレードを見ているなんて、まるでデートしているみたい……でも押野くんは何とも思っていないんだろうな。
羽美が修吾の横顔をちら見すると、修吾もパレードに目を向けたまま、ぽつんと言った。
「こんなんだと……勘違いしそうになる」
勘違いって何のこと? 独り言なのかな。でも羽美は先刻までの気まずさが解けたようで嬉しかった。心が飛び立つよう。
羽美が喋ろうとした時、突然修吾が立ち上がった。パレードの人混みへ向かっていく。
「押野くん、どうしたの? 待って」
羽美は修吾を追いかけた。羽美の声も聞こえないように、修吾はぐんぐん人混みに突っこんでいく。誰かを探しているようだった。彼の視線の先に、長身のショートカットの女性が見えた。彼女が藤崎先輩に似ているように、羽美には思えた。
人影は、人混みと暗闇に紛れて見失ってしまった。修吾は疲れ果てたように、ベンチに腰を下ろした。ひどく落ちこんでいるようだ。羽美は隣に座って、おずおずと声をかけた。
「押野くん、大丈夫?」
藤崎先輩、と言いかけて、やめた。
「誰か知った人がいたの?」
「プライベートな話はしないと言ったろ!」
苛立つ修吾の声に羽美は怯えた。
「……だって、我慢していたのに……ぼろぼろ漏れてしまう……」
押野くん、辛いのに耐えていたんだ。押野くんを楽にしてあげたい。わたしは胸が絞めつけられるようで、背中を抱きしめてあげたかったけど、そういうのは図々しいような気がした。
羽美は修吾と背中合わせに座った。
「プライベートな会話がダメなら、わたし一人で喋るね……パレードはいいけど、音楽が明るすぎて、反響して怖いんだけど……」
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