ひんやりさせてくれるぜ

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楽しんでいたのか。 楽しんでいたのか、織田。 そうなんだろう、織田。 楽しんでいたんだよな。 織田は楽しんでいたのだ。 迫り来る死の恐怖に怯える俺の身体を慰みものにして、楽しんでいたのだ。 あのとき感じた織田に対する爽やかで清々しい気持ちが、一気に音を立てて崩れ去り、俺の中の織田という男の記憶のすべてが、遠く色褪せたように思えた。 「中川、拳銃はあったのか、無かったのか、どっちなんじゃい」 親分の声が、俺の意識を現実世界に、冷酷に引きずり戻した。 俺は言う。 織田の濡れた瞳を見つめながら。 「拳銃、ありました」 織田の懐から取り上げた拳銃の冷たさが、俺の心の奥底に、右手を通してひんやり伝わって来る。 俺達の住む世界は非情だ。 俺をおもちゃにしやがった野郎は、生きていて良いわけが無かった。 目的の地に着いたとき、織田は情欲に濡れた視線で俺を見つめていた。織田は無言だった。 午前二時の真っ暗な海を見下ろす岸壁に立つ織田に照準を合わせながら、俺は親分の命令を待った。 「殺れ」 親分の声が冷たく響く。 そのとき、織田は叫んだのだ。 「おまえのことが、ずっと好きだった」 織田の最後の声を受け止めながら、二度引き金を引いた。 絶命した織田を確かめる間もなく、俺は返す手を親分に向けた。 「次はてめえの番だ」 引き金を四回、引いた。 瞬く銃火は怒りの哀しさを湛え、儚く、それでいて短くも熱く激しく燃えていた。 やがて、辺りには、闇が訪れた。 俺はふたつの亡骸に背中を向け、前に向かって歩き始めた。 了
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