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幼き日の思い出
今日は近所の神社で祭りが開催される日。
幼稚園の唯ちゃんや舞ちゃんたちがお母さんと一緒に行くって言っていた。
「お母さん、わたしもお祭り行きたい!」
「千紗、いつもお母さんの手繋いでいられないでしょ。お祭りはいっぱい人が来るんだから、一度迷子になったら大変なのよ?」
「約束するから!お母さんの手、離さないから!だから、お願い!」
いつもならそこまで無理を言わないんだけど、今日ばかりはどうしても行きたかった。
明確な理由はない。
しいて言えば、子供特有の皆と同じ行動をしたいようなものだった。
お母さんは仕方ないと重い溜息をつきながら浴衣を着せてくれた。
母と手を繋いで祭りに向かう。
遠くから祭囃子の音が聞こえてくる。
それだけで気分がどんどん浮ついていく。
「お母さん、早く!早く!」
「待ちなさい、千紗」
繋いだ母の手をぐいぐい引っ張って少しでも早く神社に着こうとする。
「早く行きたいのは分かるけど、一人で先に進んだらだめでしょ」
「早く行かないとりんご飴なくなる」
当時の私はりんご飴に夢中だった。
「りんご飴屋さんも一つしかないわけじゃないから大丈夫よ。なくなったりしないから落ち着きなさい」
ぐいっと母に引っ張られ、母の横に並んで歩かされる。
神社に到着すると、かなりの人で賑わっていた。
鳥居をくぐり、境内には多くの夜店が並んでいた。
「千紗ちゃんママ?」
「唯ちゃんママに舞ちゃんママ」
母はママ友に声を掛けられ、話し始めた。
もちろん子供の私が聞いても楽しい話ではない。
「千紗ちゃん、こっち」
声がする方を見ると、唯ちゃんと舞ちゃんがいた。
「唯ちゃんと舞ちゃんと遊んできていい?」
「遠くまで行っちゃだめよ」
「うん」
母の手を離して、唯ちゃんと舞ちゃんの元へ行く。
きゃっきゃっと子供だけで人ごみをかき分けて遊ぶ。
気付くと、私は一人ぼっちになっていた。
周りを見渡しても、唯ちゃんも舞ちゃんも見当たらない。
急に心細くなった。
元来た道を戻れば母の元へ戻れる。
そう思った私は急に振り返って一歩踏み出した瞬間、ドンッと何かにぶつかり、尻もちをついた。
「おや、人間の小童か?」
見上げると、見た目は人間と変わりない、壮年の男性がそこにいた。
「ぶつかってしまい、すまぬな。怪我はないか?」
『知らない人に声を掛けられたら逃げなさい』と散々母に言い聞かされていたけど、実際そんな場面に出くわしたら人間は何も話すこともできず、動くこともかなわない。
「こんな所に人間の小童が一人でいては危なかろう。どれ、一つ儂が元の世界へ連れて行ってやろうかの」
男性が軽々と私を抱え上げる。
「怖くはないか?」
こくん、と頷く。
「では、参ろうか」
男性はゆっくりと歩みを進めた。
歩いている間は無言だった。
嫌な感じの無言ではなく、なぜか心地よく感じる無言の空間だった。
どこをどう歩いたのか分からない。
気付けば神社の鳥居の前にいた。
「ここで『さよなら』じゃ。もし、またいつか会える日が来たら、その時はお前を嫁に貰うとしようかの」
男性が私の小指に自分の小指を絡め、指切りげんまんした後、にっこり笑うと泡のように姿を消した。
「千紗っ!」
母が泣きながら私を力いっぱい抱きしめてきた。
その時は何が起きたのか分からなかったが、どうやら私が一人で消えたと大騒ぎになり、警察沙汰にまで発展していたらしい。
確かにちらほらと警官の姿があった。
「遠くに行っちゃだめって言ったでしょう!」
「ごめんなさい」
「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
母は関係各位に謝罪していた。
それからしばらく祭りに行くことを禁じられてしまった。
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