昔話

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 僕たちはおばあちゃんの住む町へ向かっていた。幼馴染のエノちゃんと手を繋いで無人改札機を通過する。駅から人間がいなくなったのは今からずっと昔の話だという。今ではロボット姿をした駅員さんが常に駅構内の管理をしている。 「おはようございます。若者が二人旅か。いいねえ」  ロボットの駅員さんは僕たちを見て満面の笑みを浮かべている。がしょん、がしょんと軋みながらプラットホームの清掃に戻った。 「変な駅員さん」  エノちゃんは隣で楽しそうだった。 「そうだ。おばあちゃんにお土産を買わなくちゃ」  僕たちは駅の無人販売機で地元の銘菓をひと箱購入した。 「小さいのにお買い物できて偉いなあ」  今度は駅員さんに褒められた。  電車がやってきたので乗り込む。車内は常に適温に維持されている。暑くもなく、寒くもない。僕たち以外の乗客は数人でまばらに椅子へ腰かけている。僕たちは扉付近の吊革につかまっておばあちゃん家の最寄り駅まで向かった。 「電車って好きじゃない」 エノちゃんはしかめ面だった。 「どうして?」 「色んなにおいが混じっていて変なにおいなんだもの」 「そんなこと言っちゃだめだよ」  僕はエノちゃんの口元に人差し指を押し当てた。    最寄り駅に着いた。ここにもロボットの駅員さんしかいない。皆、忙しそうに働いている。  改札口を出て階段を降りると、すでにおばあちゃんが迎えに来てくれていた。とても日差しが強いので黒い日傘をさしている。 「おまたせ」  僕はおばあちゃんに抱きついた。ずっと外で待っていてくれたのか、体が熱を持っていた。 「エノちゃんもいらっしゃい。久しぶりね。車をあっちに停めてあるの」  指差した先には旧世代の軽自動車が駐車されていた。 「おばあちゃんも自動運転車にすればいいのに」  僕がそう言うと、おばあちゃんは困ったような顔をした。そんなことより早くおうちに行きましょう、と急かされて僕とエノちゃんは乗り込んだ。エンジンをかけるとぶるぶると車は震えて、隣に座るエノちゃんの声も聞き取り辛くなった。 「暑かったでしょう」 「うん、歩いているだけで汗だくになっちゃうよ」 「そっかあ、そうよねえ」 「おばあちゃんもそうでしょう?」 「若い二人とは違って、おばあちゃんたちは汗はかかないのよ」      おばあちゃんの家に着いた。家の中は電車と同じで適温だった。だから、子どもの僕たちにとっては少しだけ暑い。リビングに通されて、冷たい麦茶を一気飲みした。お代わりを待っている間に、駅で買ったお菓子を出した。 「ごめんなさいね。私はもうお年寄りだからお菓子は食べられないの」  おばあちゃんは僕たちが途中で買ったお菓子に手を付けなかった。僕はお年寄りはお菓子を食べられないという事を忘れていたので反省した。  代わりに僕とエノちゃんがいっぱい食べた。お菓子だけでお腹いっぱいになれるなんてとても幸せなことだと思う。ママにばれたらきっと叱られると思うけど。 「ねえねえ、昔話を聞かせてよ」  僕たちがおばあちゃんの家に来た理由は、お年寄りから昔の話を聞くこと。夏休みの課題で、人間がたくさんあふれていた時代のことを調べなくてはならなくなった。 「二人とも今日は電車できたでしょう。何人くらい乗っていたの?」 僕とエノちゃんは情景を思い出す。 「五人くらいかなあ」  おばあちゃんは少し寂しそうな表情をした。 「そうでしょう。私が小さい頃はね、あの電車にいっぱい人が乗っていたのよ」  一生懸命、僕が想像していると、代わりにエノちゃんは答える。 「いっぱいって百人くらいですか?」  エノちゃんは冗談みたいな数字を言った。だけど、おばあちゃんはそれよりももっとたくさんの人が乗っていたと言った。 「じゃあ、人間がぎゅうぎゅうに押し込められていたんですね」  エノちゃんはびっくりして口が開いている。 「そのくらいたくさんの人が生きていたの。だからお祭りだってもっと盛り上がっていたのよ。何十人もの男の人が御神輿を担いで、大汗をかきながら町中を歩き回るの。今ではそんなお祭りは中枢都市くらいしかできないもの。野球の試合だってスタンドに数万人の人が座っていたのよ。しかも毎試合。考えられないでしょう。地球上が人で溢れかえっていた」 おばあちゃんの口から出てくる数字の大きさがあまりにも現実離れしていて本当のこととは思えなかった。僕たちの通う学校の生徒を全員集めても十五人しかいない。先生はたったの二人。僕たちの知っている一番大きい世界。 「じゃあ、どこへ行っても人がたくさんいて皆で同じをことしていたんだね。隣同士でぶつかったりしちゃうよね。ごちゃごちゃしていて大変そう」 「昔の言葉ではそれを『人ごみ』っていうのよ」  人ごみ。人が混み合っているってことかな。そんな光景は教科書の2D資料でしか見たことがないや。 「でも、そんなにたくさんの人がいたらご飯もすぐになくなっちゃいますね」  食いしん坊のエノちゃんはご飯の心配をしている。ご飯なんてこの世界にはいくらでもあるのに。 しかし、その発言は世界システムの核心をついていた。 「そうねえ、だからお年寄りはみんなロボットになったのよ」  どこへ出かけてもたくさんのロボットがいる。駅や電車の中もロボットでいっぱいだった。駅前にはロボット用の補給スタンドがあり、長蛇の列を作っている。ロボットたちは数分でエネルギーを補給して、また働きに出かける。車を人間の代わりに運転したり、食事を作って提供したり、公共施設の管理や警備をしたりする。世界のライフラインのほとんどはロボットで成り立っていた。 僕たちにとってはまだまだ先のことだけど、いつかは僕もロボットの一員になる。 「六十五歳を迎えたら誰もがロボットになる。もしくは、死を選ぶ。あなたたちがおじいちゃん、おばあちゃんになったとき、ロボットとして社会貢献するのか、それとも人として死ぬのかを選択しなければいけない。ロボットが労働することで人間に余暇が生まれる。余暇がなければ人は増えない。それがこの世界の行きついた結論よ」  おばあちゃんはロボットとして社会貢献することを選んでいる。果たして僕たちはどうするのだろう。僕は怖くなってエノちゃんの手を握った。 「怖がらせてごめんね。ロボット失格だわ。……あなた達と話していたら、懐かしい思い出が蘇ってくるの。当時は人ごみなんてうんざりしていた反面、電車に乗っただけで他人の息遣いや体温がリアルに感じられた。ああ、この人も生きていて、家族のために仕事をしているんだって。それが今はとても希薄になったわ。人口が減少して日本がとても住みやすい国になったのは本当なんだけど、かえってその生きやすさが他人と触れ合う機会を奪い取ってしまった。あなた達はその手を離してはだめよ」  手を繋いだ僕たちを、おばあちゃんはアルミニウム合金で出来た腕で優しく包みこんだ。
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