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再び昇降口へ行くとすでに雨は止んでいた。なんのために持ってきたのかわからなくなった折り畳み傘を、背負っていたリュックにしまう。
空気も地面も、この世界のなにもかもがじっとりと湿っている。これからやってくる本格的な暑さに耐えられるか心配になった。
もうすぐ夏休みだなんて時の流れは早すぎる。入学したのはついこの間のような気がするのに。朔哉と同じクラスになれなくて少し不安だったが、なんとかやってこれた。
この学校は元々女子校だったせいか、共学になった今でも女子生徒のほうが多く、クラスの四分の一が女子。男子に発言権などない。
俺たちが心穏やかに過ごすためには一致団結し、女子に迷惑をかけないように、教室の隅で大人しくしていることがなにより大事だった。少々ヤンチャなやつも、ガリ勉も、オタクも、みんなトモダチ。平和な世界。昔から人見知りで友人を作るのが苦手だった俺には悪くない環境だった。
バタバタと騒がしい足音がこちらに近づいてきたかと思うと目の前で止まった。ふわりと香るのは朔哉が気に入っている制汗剤のシトラス。
「総一朗ごめん。遅くなっちゃった」
肩まで伸びた栗色の髪をハーフアップでまとめるスタイルは、長身ではあるが中性的な顔立ちの朔哉によく似合っている。
「別に。急いでないし」
部活には所属していないしアルバイトをしているわけでもない。放課後は朔哉と過ごすことが多かった。昔からずっと。
「地面が濡れてる。雨降ってたんだ」
「一瞬で止んだよ」
「よかった。傘持ってきてないし」
「……そうだな」
リュックに入っている傘だけが、俺の複雑な感情を知っていた。
家までは歩いて十五分。近いから、というのがこの学校を志望した一番の理由だ。進学校というわけではないが決してレベルが低いわけでもなく、全てがちょうどいい。自転車を使えばもっと早く移動できるが、健康のために歩きたいという朔哉に付き合って、二人で徒歩で通っている。
「テストからも解放されたし、夏休みが楽しみになってきた。総一朗はなにしたい?」
「なんだろうな。毎年どうしてたっけ、俺たち」
「まず宿題を片付けようって決めても、いつもギリギリになってヒーヒー言ってるよね」
「う、さすがにそれは避けたい」
「って去年も言ってなかった?」
毎年飽きもせず繰り返してしまう。
夏の茹だるような暑さ、肌を焼く日差し、クーラーの効いた部屋に入ったときの毛穴がきゅっと引き締まるようなひんやり感、どれだけでも飲める麦茶や炭酸飲料。わくわくして、もっと楽しいことをしたくなる。勉強なんてまた明日でもできるよ、なんて言い訳ばかりして。
何度夏が訪れようと学習しない俺たちだった。
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