1.きっかけ

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 梅雨の間は鮮やかな色を見せてくれた紫陽花も、役目を終えたかのように俯いている。  アイスが溶けないように少しだけ早歩きをする。ビニール袋がガサガサと鳴る音がやけに大きく聞こえる。それをぶら下げている朔哉は明らかに普段より口数が少ない。 「きれいな子だったな」 「――え?」  朔哉が発するその短い音に、よくない不純物が含まれているように思えた。 「城戸さん、だっけ?」  女子にしては高身長、すらりと伸びた手足。肩のあたりまで伸びた髪も、前髪も真っ直ぐ切り揃えられて。染めたことなんてないような艶のある黒髪。和服が似合いそう、それはまるで、おしゃれなこけしのような。 「総一朗はああいう子がタイプなの?」 「別にそういうわけじゃ」 「城戸さん美人だよね。中身もかっこいいんだよ。クールビューティーって感じ」 「くーるびゅーてぃー……」  こけしはやめようと思った。 「総一朗?」 「顔が整ってるなぁと思っただけ。そんな子に好かれるなんてさすがだな」  自分には縁のない話だった。いくら学校に男子が少ないからって、ぱっとしないやつは見向きもされず、かっこいいやつに人気が集中するだけだ。朔哉は学年の中でもかなりいけてる方だと思うが、幼なじみの贔屓目で見てしまっているのかもしれない。 「つーかお前、好きなやついたのか」 「……え」  今度はさっきと少し違って、戸惑いが含まれているような音だった。  黙っていたということは突っ込まれたくなかったのだろう。だけど聞かずにはいられなかった。好奇心もあるし、その他にも色々。 「ずっと前から片想いしてるとか初耳だし。あ、もしかして告白断るための嘘か?」  ビニール袋の音と、隣を歩いていた足が止まる。振り返ると、困ったように眉を下げている朔哉と目が合った。 「気になるの?」 「そりゃあ、まあ」 「知りたいの? 俺の好きな子」 「本当にいるのか……」  恋愛とか興味ないんだ。  以前から、友人の間で恋愛の話になるたびに、朔哉はそう言ってかわしてきた。初恋もまだなんて信じらんねー、という彼らの意見に同意もしてきた。だってこんな俺ですらあるのだから。 「うーん、うん。いるよ」  朔哉が首を縦に振った。湿った空気が全身にまとわりついて、べたべたする。心もそんな感じにもやもやする。    話してくれなかったことが少しだけショックだった。もう小さな子供だった頃とは違う。俺だって朔哉に言えないことくらいある。近い存在だからこそ言えないこともあるんだって、わかっている。  それなのに知りたいと思ってしまう。全てを把握していたいと。家族でも恋人でもないくせに。
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