第二章 五桁

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「あーあ」  和葉さんが机に突っ伏します。  学年末テストが返ってきたのです。僕が教えだしてから初めてのテストです。当然順位は上がりました。冬休み前のテストでは中の下でした。今回は中の中です。 「あんながんばったのに」  和葉さんは不満気です。成績の向上度合いが努力量に見合っていないと愚痴をこぼします。 「上位になればなるほどがんばっているのです」 「この先ますます上がりにくいってことですか」 「上を目指すのは辛いことです」 「うん」 「今の成績でも大学には入れます」 「先生がそれ言っちゃうの」 「普通でいいではありませんか」  和葉さんが唸ります。机に頭を乗せたまま起き上がりません。 「死にたい」  思わずふきだします。 「ひど。笑われたし」 「失礼。可愛らしかったもので」 「ほんとに死にますよ」  和葉さんが睨みつけます。 「死にたいと言っているうちは死にませんよ」  首を横に振ります。 「生きるという本能は強過ぎます。死にたいという欲求だけでは乗り越えられません」  少し措いてから和葉さんは口を開きました。 「でも死んじゃう人は死んじゃいますよね」 「死ぬしかない。そうなったとき人は本能の軛を脱することができるのです」 「死ぬしかない、ですか」 「他の選択肢を失うに至り、初めて人間は死を選ぶことができます」 「できるって。何かその言い方、ポジティブっぽい」 「優れた知性を持つ者のみが到達できる境地です。秀でているが故に自らを害することができるのです」 「ふーん」  和葉さんが身を乗り出します。 「何でそんな詳しいんですか」 「数多くの生徒さんを見てきました。中には死を選んだ生徒さんもいます」  和葉さんが目を見開きます。 「どんな生徒だったの。何で死んだんですか」 「生徒さんのプライヴァシーに関わるお話です」  指を口に当てます。内緒のポーズです。  和葉さんは身を引きません。僕をまっすぐに見ます。 「先生はないんですか」 「何がですか」 「死ぬしかないと思ったこと」  生徒さんの話ができないなら僕の話をしろと。和葉さんはそう言うのです。 「数多くはありません。二回だけです」 「どうしてそうなったんですか」 「僕の受け持ちは英語と数学です」 「え」 「それ以外の授業には別途料金が発生します」  和葉さんが舌打ちをします。机から離れ天井を見上げます。 「教え子から金とるの」 「生徒さんも一人の人間ですから」  和葉さんは鼻で笑いました。 「先生、ごまかすの下手ですね」
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