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「どこか行くのか?」
「えぇ。これから街はずれの湖で新しい『ひんやり』を取りに行くのよ」
「え、ひんやりを取りに行く……?」
訳が分からない。そう返そうとしたが、今の今まで見ていた不思議な小瓶のことを思えば、何ら不思議なことではない。ただ、彼女がどうやって過去を取るのかが気になって仕方がなかった。いや、俺は過去が大事に保管される瞬間が見たいのだ。放っておけば消える思い出を、俺もこの手で残してみたい。
「今この瞬間だって、数日後には味わえないものになっているかもしれないもの。だから、この瓶の中に留めておかなくちゃ」
空の小瓶を手にして、彼女は太陽のように微笑んだ。
あぁ、彼女はこうして変わらないものを守ってきたんだな。
これが世界にとって必要なことなのか、あるいは正しいことなのかは関係ない。彼女のように過去を大切にしてくれる人がいるから、俺のようなヤツでも忙しない世界に負けずに生きていられるのだろう。
「貴方も来る?なんなら、手伝ってくれてもいいのだけど」
店の扉の前で彼女は振り返り、手を差し出してきた。
俺は、彼女が過去を守ってきたことに感銘を受けた。できれば、久方ぶりにあの夏の日の涼しさを与えてくれた彼女の手伝いがしたい。
そうして、今日という日の『ひんやり』を未来に残しておこう。いずれきっと、四季が恋しくなった人間がこの店を訪れることを願って。
「あぁ、ぜひとも手伝わせてもらうよ」
そうして俺は、彼女の少し冷たい手を取って微笑んだ。
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