四季屋

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四季屋

 世界は四季を忘れた。  まるで、元々それがこの世界に存在しなかったみたいに。  従来のように、気候や育つ植物に特別変化のない世界は、随分と趣がなくて退屈だった。平坦な世界は、いつしかアンドロイドと人間が共存し、急速に発展している。多くの人間で街は賑わうが、以前のように活気はないように思える。  そんなつまらない世界に残されたのは、夏という季節だけであった。  べっとりと纏わりつく熱気と、ギラギラと降り注ぐ真夏の太陽が鬱陶しい。年々暑さを増すこの世界で生きられなくなった人間は多い。人間は弱い生き物だから、急激に変化するこの世界に適応できずに無様に死んでいったと思う。それでもなお長く生きようとする人間たちは、身勝手に、そして醜く必死に生にしがみついていた。  昔のように移りゆく季節の趣を楽しんでいた人々は、もうどこにも居ないのだ。  かく言う俺も、天地がひっくり返ったみたいに変化した世界に適応できずにいる一人だった。この体は今を生きていても、心は遠い昔に置いてきた。当時の面影を少しでもこの身に残しておこうと、今はもうどこの店でも見かけない秋用のチェスターコートを羽織っていた。  ――俺は、過去に縋りつく哀れな『アンドロイド』だ。  本来ならば、今は冬間近の十一月。  しかし、肌を焼く日光は強く、頬を撫でる風は熱い。そんな中でコートを羽織っていればあっという間に死んでしまうだろうが、俺には関係ない。  ……あぁ、この世界は本当につまらなくなってしまった。  陽炎が揺らめく街の中を今日もぶらりと歩けば、遠い昔の地球が瞼の裏に映り込んだ。  願わくは、再び地球がひっくり返ってあの時の世界が帰ってきてほしい。四季を感じた、面倒ながらも楽しみのあった世界を返してくれ。
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