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「あら、お客さんなんて珍しいわね」
鈴を転がすような声がどこかで鳴った風鈴の音に紛れて聞こえた。
「何か御用かしら?」
「……いや、何の店かと思って」
「暖簾に書いてなかったかしら。四季屋って大きく書いてあったはずなのだけど」
「それは店名なだけで、何の店かは書いてないだろ」
惚けたように微笑を湛えた少女に呆れれば、彼女は頬杖をついて答えた。
「その名の通りなのよ。私は、ここで『四季』を売ってる」
淡い紅の乗った唇がやんわりと弧を描いた。
「は……?」
「貴方、見た限り私ほどじゃないけれどそこそこ長生きのアンドロイドよね?だったら、四季が何かくらい分かるでしょう?」
「そりゃあ、四季が何かは理解できるが……」
それを売買しているという意味が理解できない。
そう零せば、少女はクスクスと笑う。
「そうね、とりあえずはそこの小瓶を手に取ってはいかが?」
赤いネイルの施された白い指が、俺の近くにある小瓶を指さした。周囲の商品とは別で、『おすすめ』と可愛らしい字で書かれたポップが貼り付けられている。
「お試し用だから、好きなだけ味わっていいわ」
彼女の楽し気な声を聞きながら、ひとまずはその瓶を手に取ってみる。中には、海のように青い液体が詰まっていた。
いや、液体というのだろうか。とても言葉じゃ表現できないような、不思議な『何か』が瓶の中を揺蕩っている。時折キラキラと輝くのは、一体どういう仕組みになっているのだろう。
瓶を手で動かしながらじろじろと見れば、ラベルに小さく『ひんやり』と書かれていることに気が付いた。
一度彼女に視線を送る。すると、にこりと貼り付けたような笑顔で頷かれた。
俺は怪しさ満点のその小瓶の蓋に手をかける。得意の分析能力でこの後の結果や少女の企みを計算してみたが、結果は見えない。これは確実に未知のことなのだ。
小さな不安と、胸元をくすぐる好奇心。
俺はゆっくりとその蓋を開けた。
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