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瞬間、爽やかな青色が視界一杯に広がった。重い海鳴りを響かせて跳ねる白波。鈴のように鳴る風鈴と、手を伝う溶けかけのアイス。虫が鳴く夜の涼しい空気。生い茂る緑が吐き出す小さな清涼感。
それらが一瞬にして体を通り抜けた。
じっとりとした熱を奪い取っていき、いつかの夏の涼しさが俺を包み込む。訳も分からず目を白黒させていれば、少女が満足気に口を開いた。
「どう?ひんやりしたかしら」
「……あぁ。どうなってんだ、これ」
蓋を閉じて、改めて小瓶の中を見てみる。先程と変わらぬ青が、そこには詰まっていた。
「細かいことは秘密だけれど、端的に言えば夏のひんやりを閉じ込めたものね」
「言ってる意味が全然わからん」
「分からなくて構わないわ。とにかく、ひんやりしてくれたでしょう?」
「……こんな所で、失われた自然の涼しさを感じられるとは思わなかった」
小瓶の中を見つめて言えば、「でしょう?」と彼女は体を左右に揺らして上機嫌に笑った。
「ちなみにその横にあるのは、また別のひんやりよ。ラベルに(怖)とか(偽)とか書いてあるでしょう?」
「あぁ、こっちは何が違うんだ?」
「開けてみれば分かるわよ」
そう言われ、俺は『ひんやり(怖)』と書かれた小瓶を手に取る。中には、青紫の液体が揺れていた。
蓋を捻って開けると、中からは皮膚を逆撫でするような空気が溢れだした。背筋を伝う何かが、体の芯から少しずつ冷やしていく。
何かが居る。誰かが背後から見つめている。
そんな恐怖を纏った涼しさに、体が震えあがった。
「ふふふっ、いい反応ね」
慌てて蓋を閉めた俺を見て、彼女が悪戯に笑う。青い顔で睨めば、ケラケラと笑われて俺は溜息を吐いた。
「そっちは試さなくていいの?」
「……いや、もういい」
「そう。残念ね」
もう一つ残ったひんやりの小瓶を横目に答えれば、少女は残念そうに椅子に凭れ掛かって目を伏せた。
あの小瓶は開けなくても何となく察しがつく。
偽り。つまりは自然ではなく人工的に生み出された『ひんやり』が詰まっているだろう。例えば、扇風機やクーラー。冷蔵庫なんかもそれに含まれるだろう。
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