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――懐かしい。
その一言に尽きる。
肌に『ひんやり』が触れた瞬間、そんな感情が胸の中に芽生えた。
ジージーと降り注ぐ蝉時雨の中で、ホースから放たれた透明な水。子供たちの笑い声と、心地よい水音。誰かが俺を呼ぶ声に、差し出された麦茶。吹き抜けた日陰の風。
そんないつかの日々が、俺の視界一杯に弾けた。
「……懐かしい、な」
そう口にしたところで、彼女が小瓶に蓋をする。段々と遠ざかる景色に思いを馳せて、俺は目を伏せた。
「でしょう?これはね、アンドロイドが生まれ始めた頃の思い出を詰めたものよ。それも、夏の日の涼しい空気ばかりをね」
「……だから懐かしいのか」
「そうよ。私はアンドロイドの中でもかなり初期の型だから、この頃よりもっと前の空気の方が懐かしく感じるけれど、一番心が揺さぶられるのは、この小瓶に入っている『ひんやり』ね」
そう言われて納得した。
心を温めたのは、俺がまだ生まれて間もない頃の記憶だった。
初めて体験した夏。あまりの暑さにバテていれば、俺を造ったマスターに麦茶を差し出されたのを覚えている。生憎、俺はアンドロイドだから飲食はできない。
けれど、気持ちだけでも涼しくなると笑顔で差し出してくるものだから、それを受け取って外ではしゃぐ子供たちを見つめていた気がする。当時はまだ機能も不安定で、水に触れることさえあまり許されていなかった。だから、俺は水遊びをする子供たちが羨ましかったのだと思う。
子供たちとは一緒に水で遊ぶことは出来なかったけれど、生まれたばかりの俺のために涼しさを提供してくれたことはまだ鮮明に覚えている。うちわで仰いでくれたり、日陰に連れていってくれたり、家の周りに水巻きをしたり。いつしか忘れかけていた思い出が、小瓶の中のひんやりと共に甦ってきた。
この身で感じた『ひんやり』は、あの頃から微塵も変わっていない。
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