四季屋

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「どんなに時代が移り変わっても、変わらないものはあるんだな」  何十年ぶりかに感じた『四季』に、目頭が熱くなる。目まぐるしく変化する世界の中で、数少ない変わらないもの。俺はきっと、これを感じたかったのだろう。 「変わらないものを守るために、私みたいなのが居るのよ。全部が変わっちゃったら、面白くないでしょ?過去があるから今があるからね」 「……アンタ、いい人だな。俺は昔を忘れたくないのに、前へ進まなきゃって思って立ち止まることはできない。……なんか、止まってはいけないような気がしてな」  過去――いわば歴史と言えるこの『ひんやり』たちを守る彼女に、自嘲気味に微笑んで告げる。そうすれば、呆れたように溜息を吐かれて笑われた。 「変化に適応することももちろん大切よ。この世界で生き残っていくためには、その力が必要不可欠だもの。でもね、たまには昔を思い出したっていいじゃない。過去のことを思い出すことで、前へ進む力が案外得られたりするのよ?時には、過去を振り返って足を止めることも大切だからね」  俺の頬に手を伸ばし、彼女は柔らかい笑みでそう言った。慰めるみたいに、少し冷えた手が頬を撫でる。その冷たささえ、懐かしい日々を想起させるものだから、俺は曖昧に微笑むことしかできなかった。 「……私たち、人間よりもよっぽど人間らしいわね」  彼女が目を細めて笑顔になる。「え?」と思わず間抜けな声を返せば、彼女は俺の顔をその白い指で指してきた。 「だって、もう誰もが忘れてしまった四季に触れて、懐かしい日々を思い出して、そんな繊細な表情になれるんだもの。世界の頂点に立つお偉いさんたちよりよっぽど人間味があるじゃない」  そうやって表情豊かに笑う彼女も、人間より人間らしい顔をしていると思う。俺はあまり表情には出ないが、心で思っていることは自分でも人間よりも人間らしいと感じている。何のために人間そっくりの機能をつけたのかは分からないが、こうして四季や過去のことを懐かしく思えることは、きっと幸せなことだと思う。 「そうだな。そのうち本当に人間になれるんじゃないか?」 「ふふ、それも悪くないわね」  どこか夢見がちに目を伏せた彼女は、一度大きく伸びをした。そして、小瓶をカウンターの隅にやって、立ち上がる。
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