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こうじもなきにしかず
「何も獲って喰おうと言ってるんじゃねえよ。カラオケにでも行こうと言ってるんだよ。」
「・・・・・・・」
「そう、そう。俺らと楽しく遊ぼうぜ。ボウリングでもいいよ。」
「・・・・・・」
ブックオフの入り口近くの自動販売機がある場所で、白昼堂々、見るからにチャラい高校生くらいの男二人が、同じ年くらいの女の子に絡んでいた。こいつらって、ヤンキーっていうのかな。
たまたま、ピアスを開けていた方の男が僕と眼があったが、『失せろ。ぶっ殺すぞ。』と言う無言の圧力をかけてきた。
『触らぬ神に祟りなし。でも、父親にバレたら、殺されるな。』
悩んでいたその時、絡まれていた女の子と眼があった。
「遅いよ。」
「えええええええええ~」
僕が驚く暇も与えず、その女の子は僕の背中に回り込んで来た。
生まれて初めて女の子に背中に密着され、僕は慌てる。大慌てだ。御仏に仕える身だ。女人禁制だ。
「何でえ~。連れがいたのか。」
「おい、お前、この女の子、貸せ。いいな。」
有無を言わせず僕に迫る男たちに、正直、ションベンをちびるくらいビビるけど、断じて「はい、どうぞ。どうぞ。」などと、言えない。
「好時不如無(こうじもなきにしかず)」
思わず、この言葉が出てしまった。
「はあっ、どこで工事やってるんだよ。」
「こいつ、馬鹿か。」
二人は顔を見合わせて、指さして僕を嘲笑する。
「好事にたどりつくことは良いことである。しかし、そこに固執するとよろしくない。「好事魔多し」という言葉もある。良いことがあってもそこにとどまっていず、捨て去ることを旨とする。執着すると、煩悩や妄想の種となるのだ。種は、いつしか・・・・」
父親の受け売りを説こうとしていた僕にキレた男たちが、僕に無言で襲い掛かってきた。確かに、こりゃあ難しいわな。
「キャア~」
背中に密着していた女の子が悲鳴を上げた。
自分のせいで僕がボコボコにされると思ったのだろう。
普通、みんなそう思うと僕も思うわ。
しかし、地面に倒れたのは、僕ではなかったんですよ。
ピアスの男の大振りの右ストレートに対して、剛法、仁王拳の内受突(うちうけづき)で水月に右拳を叩き込んだ。
「この野郎。」
いかつい男の方が、思いっきり右足で僕の腹を蹴ってきた。
まともに受けると、腕が折れる勢いだから、三合拳の十字受蹴(じゅうじうけげり)で体を引くように柔らかく捌いてから、水月に右足を蹴り込んだ。
そう、僕が使った技は空手ではない。少林寺拳法だ。幼い頃から、仏教徒として父親に叩き込まれたものです。
「種はいつしか芽を出し、心の中にツタが絡みつくようになる。そうなってしまっては、除草が大変です。まずは、煩悩の種をまかないことが大切です。」
水月を抑えながらも、再度僕に襲い掛かろうとする二人に、僕は御仏の慈悲を持って、全部説いた。
「こいつ、絶対に頭おかしいぜ。新種の中二病かも。こんな奴に、関わるのは馬鹿々々しいぜ。」
「そうそう。俺も、シケタわ。行こうぜ。」
男たちは面白くなさそうに、自転車に二人乗りして、県道をのらりくらりと走り去って行った。
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