蒔苗、苦悩を吐露する

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蒔苗、苦悩を吐露する

 倒れたばかりだから家で休んだ方が、とらしくもない常識的なことを言い出す蒔苗のマンションに押しかけると、アカリはまっすぐベッドルームへ向かう。アカリ自身に記憶はないものの何度も蒔苗に抱かれたベッドに腰掛け、そのまま後ろに体重をかけると仰向けになる。  いくら鈍感な蒔苗でも、さすがに今アカリが何を望んでいるかがわからない訳ではないだろう。そして蒔苗だって当然同じことを望んでいてくれなければ困る。 「おい、本当に大丈夫なのか?」 「病院で睡眠不足も栄養不足も一気に解消だよ。ったく、つまんない心配させるんだから」  上から顔を覗き込んでくる男に、アカリは少々恨みがましい調子で訴えた。 「明里が勝手に早とちりしただけだろ」 「まあ、そりゃそうなんだけどさ……」  勘違いといえば、アカリが蒔苗を「月曜日の絞殺魔」だと本気で思い込んでいたのと同様に、蒔苗だってアカリが百合子を妊娠させたと本気で信じきっていたのだから、お互い様なのかもしれない。 「倒れるまで思いつめる前に、聞けばいいんだ」  蒔苗の言葉に、しかしアカリは納得がいかない。一体この割り切れなさは何だ、とふと視線を落とすとアカリに並んでベッドに腰掛けた蒔苗の傷だらけの手の甲が目に入った。そうだ、これ。この傷跡。 「聞けば良かったって偉そうに言うけど、蒔苗おまえ見え見えの嘘ついたじゃないか。野良猫なんかこの辺りで見たことないぞ。俺、あれでおまえが後ろめたいことやってるんだと確信したんだ」  蒔苗は明らかにうろたえた。 「こ、これは」 「もう隠し事はなしだからな」  本気で睨みつけると、蒔苗は渋々、その傷が百合子とアカリの関係を疑うようになって以降の動揺によるものだと告白した。  アカリの自慰行為を手伝って以降、蒔苗は奇妙な変化に悩まされるようになったのだという。薬を使って意識のないアカリを抱いているときに、起きているときのアカリの敏感な反応が頭に浮かんでくるようになったのだ。弱い場所をくすぐったときの甘い声。もどかしく身をよじる動き。硬く勃ち上がる胸の先や性器。思い出すと興奮がより高まる気がしたのだと。 「 でも、どうしてそんなことになるのか、意味がわからなかった。何しろ俺は、物心ついて以降、死んだ人間に惹かれ続けてきたし、生身の人間との接触に嫌悪を感じ続けていたんだから」
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