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「いらっしゃいませ。一名様でございますか?」
ドアを潜ると、そこはやはり映画館の券売所のような、あるいは怪しげなオトナのお店のフロントのような感じだった。
スクラッチタイル張りのロビーはいたって狭く、声をかけてきた黒いスーツ姿の紳士が立つ小さな受付台の少し先には、厚いビロード地でできたワインレッドの幕が厳重に垂れ下がっている。
どうやらそこから店の奥へ入っていくようなのであるが、当然、垂れ幕に遮られてまったく向う側はうかがい知れない。
「あ、あのう、〝ひんやり〟をお届けというのは……」
「はい。当店では極上の〝ひんやり〟を皆さまに提供させていただいております。けして損はさせません。初めての方には30分1000円のコースがおススメですが、如何なさいますか?」
ますます得体の知れぬ店のサービスに恐る恐る私が尋ねると、受付の紳士もこちらが一見さんだとわかったらしく、張り紙と異口同音のことを言ってお手頃なところを勧めてくる。
30分1000円か……まあ、胡散臭い見世物小屋並みにインチキで騙されたのだとしても、それくらいの損ならば話のタネにもなるしいいか。
「じゃ、じゃあ、それでお願いします」
「はい。かしこまりました。1000円ちょうどお預かりいたします。それでは、当店のサービスを楽しんでいただくには幾つかの準備がございます。まずは靴と靴下をお脱ぎください」
如何なる店なのかもよく理解もせぬままお代を差し出すと、紳士はそう言って、受付台とは反対側――私の背後にあった下駄箱を手で指し示す。
土足厳禁ならば靴を脱ぐのはわかるが、なぜ靴下まで脱ぐ必要があるのだろう? 足湯の逆に冷たい水の入ったバケツにでも浸してくれるのか?
「あ、はあ……」
ますます訳がわからないながらも私は素直にその指示に従い、蒸れて気持ちの悪い靴と靴下を急いで脱ぎ去ると、ガラ空きの下駄箱の一番隅に入れた。
他に靴はまったくないので、今現在、私以外にお客は誰もいないということなのだろう。
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