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「では次に、このアイマスクをおつけください」
裸足になって再び受付台の方を振り返ると、紳士は目隠しを手渡し、今度はそれで視界を完全に遮るよう言ってくる。
いたってどこにでもあるタイプの黒いアイマスクだが、これはますますもって怪しくなってきた。
もしかして、お化け屋敷のようなホラー系の〝ひんやり〟なのか? それとも、ボッタクリどころか裸足で目隠しをした逃げも隠れもできぬ無防備な状態で、暴力に任せて金品を巻き上げる犯罪者の巣窟なのか……そう考えるとそれだけでちょっと背筋が冷たくなるが、ま、ここまできたらなるようになれだ。
長時間炎天下に晒されていたので、暑さで脳がオーバーヒートし、頭もよく回らなくなっている。
私は言われるがままに、アイマスクをしっかりと装着して暗闇の世界に足を踏み入れた。
そのアイマスクも何やら冷やされていて、これだけでもひんやりとして心地良い。
「では、ご案内いたします。ささ、こちらへ……」
準備が整うと、紳士はこれまた氷のように冷たい手で私の火照った手を引き、ゆっくりとした足取りで店の奥へと誘って行く。
無論、まったく見えはしないが、布が体の脇に触れたので、あの分厚い垂れ幕を潜ったことがわかる。
「ひやっ…!」
と、垂れ幕を潜った瞬間、私の足の裏に得体の知れぬ冷感が走った。
その床はとても冷たく、感触もなんだか妙な具合だ。
絨毯でも、ビニールのシートでもないし、コンクリにリノリウムを貼ったという感じでもない……何だろう? ぐにゃぐにゃとまではいかないが、ゴムの塊のような弾力がある。
それに加え、床面はどうにも平らではない。気をつけねば足を取られて転びそうになるくらい、あちこちに無秩序な起伏や溝みたいなものがあるようだ。
足裏の触覚でそこまでは辛うじて認識できるのだが、視界を奪われ、それがいったいぜんたい何なのかわからないという不安がまた、その異様な冷たさを増長させている。
「転ばないよう、足元に注意してくださいね」
そんな、客をもてなすのに向いてるとはとても思えない床の上を、紳士は平然と冷たい手で私を引っ張り、さらに部屋の奥へと歩かせてゆく。
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