ひんやり屋

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「こちらがお席になります。どうぞ、おかけになってお待ちください」  ゴムのような反発のある、薄気味悪くも心地の良い床を十数歩進むと、紳士は優しく私の肩を掴み、そこにあるらしい椅子の上へ座らせた。 「……ひっ!」  それもまた、異様な程に冷たい椅子であった。  感触も床同様、やはり硬いゴムのようだ。しかし、手で触れた感じはビニールではないし、中綿のパンパンに詰った本革のソファだろうか? 「ふぅ~……」 いずれにしても、とてもひんやりとしていてすこぶる心地が良い。私は全身の力を抜き、硬いソファに身を持たせると深い感嘆の溜息を吐いた。 「お待たせいたしました。こちらの抱き枕もどうぞ」  そうして心地良い冷たさの中にしばし微睡んでいると、別に待つまでの時間ではなかったが、何処かより戻った紳士が更なる〝ひんやり〟を手渡してきた。 「ん? おおっと……」  その抱き枕にしてはずっしりと、やけに重たい物体を受け取ってみると、それは椅子と同様の質感をした不定形な太い棒状をしており、幾分、上側の端の方の径が大きいようである。  また、両端にはビニール製の蓋をして紐で括ってあるらしく、中に何か冷たい水か低温を保つ液体でも入っているのだろうか? 「ああ、これはまたなんとも……」  抱き枕ということなので軽く抱きしめてみると、床や椅子同様、なんとも絶妙な〝ひんやり〟感が熱を帯びた胸を爽快に冷やしてくれる。  〝ひんやり〟とした椅子と抱き枕、そして床の三方向から挟まれ、肉体と精神に蓄積された熱気が胸側と背中側、さらに足裏から抜けて行くのがわかる。  なんともこの冷たさが心地良い……確かに、これは最高の〝ひんやり〟かもしれない。
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