第一話「手、貸します」

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第一話「手、貸します」

 街の顔役である猫のイワサキさんは途方に暮れていました。  もう一匹か二匹の人手があれば仕事もはかどるのに、現実には新たに従業員を雇う余裕がありませんでした。  「この際、猫の手でも孫の手でも何でもほしい」  やぶれかぶれの気持ちになってきたので、気分転換に散歩に出かけました。  通りにあるお店の看板を見るともなしに見ていると、ギョッとする文字が目に飛び込んできました。  「手、貸します」  人手が欲しくてそんな幻を遂に見るようになったのかと思い、  「疲れているんだ。仕事がんばっているものな」と呟き、目をこすって、もう一度看板をじっくりと見てみました。  やはりそこには、  「手、貸します。アンポンタン堂」 という文字があるきりでした。  怪しいと思ったものの、意を決してお店に入ってみることにしました。  店の中は薄暗く、あちこちに人の手やら猫の手やら、いろんな手が雑然と置かれていました。  「ごめんください」と店の奥に向かって声をかけると、  猫耳で垂れ目、体が半透明の穏やかな笑顔をした店主がやってきました。  よく見ると、足がありません。幽霊のようです。  「は~い、いらっしゃいまし~。あれ、猫のイワサキさんではありませんか」  「このお店は幽霊さんの店だったのか」  「はい」  「何でまたこんなへんてこりんなお店を始めたのですか」  店主はお店を始めたきっかけをこう語りました。  「私が居候しているお宅のご主人が、時々、『人手が欲しい。自分がもう一人いたらいい。猫の手も借りたいほど忙しいのに現実は一人。はぁ~』と溜息を吐いているのをよく見かけました。世の中を観察してみると、そう言う方は意外に多く、手を貸すお店をしたら皆さんを助けることになるのではないかと思い、始めました」    イワサキさんは天を仰ぎました。  「それは比喩であって、実際に手が欲しいのではない」と喉元まで出かかったものの、説明する気力が消えていきました。  幽霊さんの、「私はなんていいことをしたのだろう」という満面の笑顔を見たためでした。  それでもダメ元で言ってみました。  「幽霊さん、あのですね、あれは比喩であって、実際に手が欲しいわけではないんです。なんですか、お店の中、熊手とか猫の手とか孫の手にまじって、何だかわからないいかがわしい手もある。アヤシイお店ではないんですか」  「失礼な。きちんと許可を取りましたよ」と、憮然としながら幽霊さんは答えました。  「誰の許可ですか」  「ある日、夢に阿弥陀様が出てこられて、『死んだ後でも助けたいとは、なんて立派な奴じゃ。私が許すから、貸し手屋さんをやってみよ』と、こう仰せられて、始めたわけです」  「この世の許可を取らないとお店は開けませんよ」  「でも現にやっていますし、イワサキさんのようにお客さんがいらしています」  「人間のお客さんは来たのですか」  「まだいらしてません、えへん」、幽霊さんは自信たっぷりに答えました。  イワサキさんは絶句してしまいました。  「イワサキさんも御入り用なら、いくつか手をみつくろってあげます。たくさん手のある阿修羅様のようになればお仕事もはかどるでしょう」  「え、遠慮します。さいなら~」とぶるぶる震えながら、イワサキさんは店を出ました。  「やっぱりできることをしていくしかないか」、幾分疲れた顔をしてイワサキさんは家路につきました。 
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