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「……誰? これ出したの」
ざわめきが起こり、生徒たちは顔を見合わせた。だが平丹羽は知っていた。それは彼の提案に違い無かった。彼は向かいの机に座る中谷と宮間に視線を送り、立ち上がった。
「私です。会長」
「平丹羽くん?」郁実は眉を顰めた。「本当にあなたなの?」
「私しかいません」
「これはどういうこと? ちょっと、意味がわからないんだけど」
「どの辺りがでしょう?」
「それはもう全部」郁実は呆れたように紙を放り出し、深く椅子の背にもたれた。
「カミングクーのことも?」と平丹羽。
「さっぱり。いったいなんなの?」
「ご存知ありませんか? カミングクーですよ。カミングクー」言いながら、平丹羽は見えないなにかを掴んだ右手を前へ後ろへと動かした。
「あのね」悩ましそうに額に手を遣りながら、郁実が警告を発しようとしたその時、彼女の隣で、あっ、と誰かが呟いた。
「どうかした? 神辺さん」
「あ……いえ、別に……」優子は落ち着きなく答えた。
「なにかあるなら言って」と追及する郁実。だが優子はなおも言葉を濁し続ける。そんな彼女を、郁実は重く鋭い声で打った。
「あの……だから、これ、です。これ」と、絞り出す優子。右手は平丹羽のそれと同じ仕草をしている。「ひ、ひんやり~、すっきり~、カミングクー……っていう……CMが……」
「ああ!」と声を上げ、一人の生徒が手を叩いた。「あれね、堀木満菜が出てるやつ」
「堀木満菜?」
「ほら、今年入ってきた、一年生の。一組、いや三組か? 何組だったかな……?」
「四組よ」郁実が言った。「今思い出したわ。その堀木満菜のことね。だけど彼女、確か一度も学校に来たことないはずよね?」
「芸能活動が忙しいんでしょう。仕方がありません」平丹羽が神妙な面持ちで口を挟んだ。
「で? あなたはそのカミングクーとやらをどうしろと?」
「生徒全員に配ってはどうかと」
「どうしてカミングクーなの?」
「優れた清涼飲料水だからですよ。おいしいだけでなく、夏場の水分補給にも最適。CMの文言通り体の芯からひんやりします。すっきりもします」
「そうだとしても」
「会長。今は六月ですよ。まだ六月! なのにこの暑さ!」
「クーラーが使えないせいだよ」誰かが言った。
「七月になれば多少はね」との声もある。その言葉が、平丹羽の潤滑油になった。
「甘い。その考えは非常に危険だ。危険なんですよ会長!」
「続けて」
「いいですか、室内でも熱中症になる可能性はあるんです。それを防ぐためにはやはりこまめな水分補給が大切です。生徒自身もそれは意識しているでしょうが、必ずしも十分とは限りません。軽く考えている者も中にはいるでしょう。そういう認識の不足ゆえに生徒が倒れることを、この学校は望んでいますか? それだけじゃありません。授業中の生徒たちときたら……首元のボタンは外され、シャツははみ出し、机に覆いかぶさるように頬杖をつく姿はだらしないことこの上ない」咳払いをして、「それは、ここもまた然りです。ですから会長、生徒の心身の健康の為にも、学校全体で手を打ってみてはいかがでしょうか」
平丹羽は、自身渾身の演説だと思った。各面々の反応も悪くなさそうだし、郁実も黙って頷いている。
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