Coming of summer

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「今日はよくやってくれた」夕映えに包まれた中庭に、二人は立っていた。「まずは乾杯といこう」平丹羽は右手を宙に掲げた。 「それはいいんだけど……ここでもこれ?」怪訝そうに見つめるその手には、例のカミングクーが握られている。 「当たり前だ。俺たちが飲まないでどうする。ほら、手を前に。沈みゆく同士に勝利を捧げよう」 「はあ……」中谷は言う通りにした。 「ひんやり~」 平丹羽が叫んだ。ほとんどの生徒が下校したこの時間帯、奇声にも似たその声は思いのほか強く響いた。余韻を味わうように場は沈黙し、中谷は唖然として彼を見つめた。 「何を黙っているんだ」平丹羽は顔を顰めた。 「ひんやりときたらすっきりだろう。全く、もう一度いくぞ。あ、ひんやり~」 「待って待って! それわたしもやるの?」 「当たり前だろう! あ、ひんやり~!」 彼は全力で校歌を歌う高校球児のように、上体を逸らせた。 「す、すっきり~……」 「カミングクー‼」 平丹羽が力強く手を突き出すと、お互いのパックがぶつかり合い、ぶよぶよとした感触を伴って鈍い音が鳴った。その後何事もなかったかのようにキャップを開け、平丹羽は風呂上りに牛乳を飲む要領で、中谷は仕事場で支給された飲み物がぬるかった時の要領でそれぞれ一口ずつ飲んだ。ともあれ、彼らは一仕事終えたのだ。  やがて、中谷が切り出した。 「平丹羽、これで約束は果たしてもらえるよね?」 「うん? そうだな。と言いたいところだが、まだダメだ」 「なんで? 協力したでしょ!?」 「確かに、協力はしたかもしれない。だが何だ今日の有様は。危うく丸め込まれるところだったぞ!」 「丸め込まれたのは宮間でしょ!? わたしはちゃんとやったわ」 「ちゃんとなものか! あんな弱弱しい弁舌で」 「だからって……結果的には上手くいったんだし」 「会長の頭が正常なら間違いなく失敗していた」 「そんなの……」わたしの知ったことじゃない。バカらしい。付き合いきれないわ。言葉は喉元まできていたが、彼女は口に出すのを躊躇った。これは彼女個人の問題ではなかった。平丹羽との取引は、部全体の利益に繋がることだったのだ。 「じゃあどうすれば?」中谷が訊いた。 「私はまだ次の計画も用意している。そっちにも手を貸してもらう」
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